【4】監視映像

 相川の無事を知って、幾分明るい表情を取り戻した圭二と、一気にどっと疲れが押し寄せた魁斗とが、先程の暗号を解いて解答を得た場所へと到着する。


 そこは、みなとみらいの警察病院からは車を飛ばすこと5分。住宅街のど真ん中にありつつも、巨大な敷地を誇る、国内随一の巨大なショッピングモールである。


 ここは様々な商用施設が密集しつつも、建物自体が広々とした作りになっているので、土日になれば家族連れが押し寄せるこの場所も、夜中(翌日が平日)ともなれば恐ろしく閑散かんさんとしていて寒々しい。“なにか” が出てもおかしくはない。そう思い、柏木を病院へと置いてきた魁斗のかんは間違ってはいなかった。


 建物の屋上や、いくつもの窓から手を振っているもの達を横目に、魁斗は右腕がズキズキと痛むのをこらえながら、車のハンドルを左に切る。


 おそらく22時を過ぎると駐車場は門が閉じられた状態になっているため、裏口へと車を回すと、すぐに守衛と見られる制服の人物が駆け寄ってくる。


「ちょっとちょっと!困りますっ!ここは関係者以外立ち入り禁止ですから!」


 警備員の紺色のパリッとのりの残った制服を着用した人物は、未だに名札が出来上がっていないところを見ると、就任したての新人なのであろう。慣れない手つきで、手に持っている懐中電灯を車の運転席側へと当ててくるため、魁斗は思わず眩しさのあまり顔を背ける。


 代わりに、助手席に座っていた圭二が守衛に答えようとするが、胸ポケットに入っているはずの警察手帳を探しているのか、気が急いているせいかひどくあわてている。


「あ、あのー。こちらは神奈川県警から来ましたー…あれ、あれれ?手帳がここにー」


「本当に困りますから!急ぎの用でしたら、まずは電話にて前もってご連絡いただかないとー」


 ここまで来て、多少警備服に身を包んだ人物も落ち着いたせいか、守衛の声が魁斗が聞き覚えのある音とシンクロする。


————29————


「マツコくん?」


「え!!!?魁…黒音くろね先生!?なんでここに!??」


「何では俺の台詞だけど。まあ、いいや。時間がないんだ。この人物は、県警の捜査一課の刑事だから、身元は俺が保証する。中に入れてもらえないかな?」


 時計を見ると、現在時刻は “ 22:53 ” を示している。魁斗の珍しく慌てている様子に気づいたのか、マツコ…もとい松野は、無線に連絡を入れると、すぐに門を開け車両を中へと引き入れる。


「容疑者の男が言っていた目的の場所はどこなのか、さっきの地理学的経緯度からは正確な場所は割り出せなかったから、そうだな。とりあえず監視カメラの映像が全て見られる監視室に案内してもらえる?」


 魁斗は慣れない警備の仕事に戸惑う松野にテキパキと指示し、後から追いかけてくる圭二より先行して走り始める。どうやら、圭二は極端に暗闇が苦手なようで、松野の持つ懐中電灯と非常灯の明かりでは心もとなく、走ってもいないのに息を切らせている。


「圭二、ゆっくり来てもいいけど、暗闇だともっと怖いだろう?大丈夫だから、安心してついておいで」


「う、うん…ごめん、魁ちゃん。俺…やっぱり刑事に向いてないのかなー…」


「意外………!黒音先生って、こんなにしゃべれるんですね。講義以外でまともにしゃべってるの、初めて聞きました。しかも、優しい…」


「学会でもちゃんと発言してるだろ。って、なんだそれ」


「いやぁ、だって。無口で通ってる先生が、こんなに達者にしゃべるなんてー」


 暗がりの中、扉の中から漏れる明かり(中に人がいるらしいと推察できる)と、非常口からほど近い地理的条件からかんがみても、この場所が監視室で間違いないであろう。魁斗は案内のマツコよりも先に監視室の扉へと到着し、


「あ、監視室はここだね?」


と松野を振り返ろうとすると、すぐ左隣に男性が立っていることに気づく。その男性は警備員の制服を着ており、髪とあごひげまでも白くなっており、年齢は退職間近の60代前半に見える。


————30————


 薄暗い部屋の扉を左手の人差し指で指し示している男性に向かって、魁斗は大きな身体を折りたたむようにして、深々とお辞儀をする。


「ありがとうございます」


「へ?黒音先生、いきなり何言ってるんですか?」


「あれ…?入り口に…まぁ、いいや」


 時間がないこともあり、厳重にロックされている監視室の扉を松野がカードキーで開けるや否や、魁斗は中に飛び込む。


 内部には30台ほどのモニターが横6列、縦5列に並べられており、その前には松野よりは幾分年のいった男性と、ベテランらしい制服のくたびれた中年男性とが、椅子1つ隔てて座っている。


「すみませんが、監視カメラに映ってる箇所に怪しいところがないか、確認していただけませんか?」


 松野が無線ですでに連絡を取っていたこともあり、監視カメラの映像は次々と次の場所へと変えられていく。その映像を目で追いながら、魁斗はふと疑問を感じていたことを松野へとぶつける。


「もしかして、今日は警備責任者はお休みかな?」


「え…先生!?何でそんなこと分かるんですか!?」


「椅子の真ん中だけ空いてるし、入り口に警備責任者の札が掛かってるけど “不在” の札になっていない。いるはずなのに、ここにいないならば見回りをしてる可能性もあるが…マツコくんが無線で話した相手は、警備責任者ではなかった。つまり、彼はなんらかの理由で席を外しているか、急遽きゅうきょ休みを取ったことになる。札を裏返す余裕すらなく帰宅したならば、80%の確率で具合が悪くなり、そのまま休みを取ったのだと分かっただけ」


「すご………!いつも寝てばっかりの先生とは思えない!」


「マツコくん。俺はいつも寝てるわけじゃ。それより、その彼はどうしたのかな?」


「えとですね、さっき私がここに来たときに、横尾さん(警備責任者)が眩暈めまいがするって言って、ふらふらしながら帰っちゃったんです」


「その横尾さんとやらは…もしかして白いあご髭が生えてないかな…?」


「えっ!?どうして知ってるんです?お知り合いですか??」


「あ、いや。もしかしたら…後で彼の家を訪ねていってあげた方がいいかもしれない。指輪の跡はあるのに、指輪もしていなかったし…」


————31————


 時計を確認すると、現在時刻 “ 22:59 ” 。


 監視映像には特に異常もなく、怪しい人物なども映る気配もない。


 隣で30台ものモニターを目をしぱしぱさせながら見ている圭二、警備員2名も同じように、何の異変も見つけられないでいた。


「午後11時じゃなく、午前11時だったのかもしれないね」


と、魁斗がため息をついたところで、全てのモニターに砂嵐が走る。


 そこで、血眼ちまなこになってモニターを見ていた圭二が、1つのモニターを指差し叫び出す。


「み、見て!!!あのカメラだけ、おかしいよ!!!」


 全てのモニターに砂嵐が走っていたが、左隅のモニターだけゆっくりと砂嵐がなくなっていき、モノクロの映像にわずかに動くものが現れる。


 小さな子供らしき人物が、どこかで拘束こうそくされているようで、その口は白っぽい布で覆われている。頭には幼稚園の帽子らしきものを被っており、顔が少しも確認できない。


「あれは………男の子?」


 真っ先に声を上げたのは、松野であった。


「顔も見えないのに、どうして男の子だと分かる?」


「だって、あの子の履いてる靴、私の弟が欲しがってたから知ってるんです。今男の子に大人気で、売り切れ店が続出して、入荷待ちで早くても半年かかるって言われた幻の靴なんですよ」


「マツコくん、弟いたのか。って、そんなことより!あの子が幼稚園、推定6歳の男児で、1人でどこかに拘束されているとなると、かなり危険だ!誰か、今モニターに映っている場所がどこだか分かる者はいるか!?」


「それが…他のカメラはどこを映しているか画面下に表示されるはずなんですが、なぜかその映像にはないのです」


「通常の監視映像ではないと思った方がいいな。犯人側が設置したものかもしれない。少しでも場所の手掛かりがないか探してくれ」


————32————


 監視室にいるほとんどの者が、映像に映る少ない情報から、男の子の拘束されている場所を特定する手掛かりを探していたが、その中でただ1人、ガタガタと震え始めた人物がいた。


「あ…あ…あ………」


「圭二?お、おい!?どうした?」


 圭二は小さな体を自分で抱きかかえるようにして震え、地面にへたり込んでしまった。


「ゆ…誘拐事件だ…」


「おい?圭二?誘拐だって?」


「だめだ…なんでこんな…だって、もう犯人は………どうして」


 あご先までガタガタと震えている男は、視点が少しも定らず、舌が喉に絡まったように呂律ろれつも回らない。


「最近、物騒な事件が起きてるって言ってたのは、このことか?誘拐事件がここ、横浜で起きてるってことか?」


「なのに…おかしい…。さっき、相川先輩…取り調べて…犯人移送した…」


「相川が怪我したのは、犯人を移送中にやられたってことか?圭二、しっかりしろ!!!」


 魁斗は思わず圭二のほほを両手で軽く包むようにして叩く。すると、視点が定まっていなかった圭二の瞳に、ようやく光が戻る。そして、ポツリポツリと、言葉を噛みしめるように話し始める。


「横浜で…ここ最近頻発してる…連続男児…誘拐…」


 さらに、最後に驚くべき言葉を口元から発した。


「……………殺人事件……………」


————33————

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