禁断の果実

岡上 山羊

第1話 干物女

外では晴天を謳歌おうかするかのようにスズメ達の声が聞こえていた。アスファルトの地面のくぼみから、わずかながらの穀物や木の実の残骸ざんがいを見つけ出し、小石と共に飲み込んだ。飲み込まれたえさと小石は、直接胃袋に行かず、砂肝と言う器官に入り、小石を使って餌をくだく。鳥類には食物をみ砕く歯がない為、手頃な小石を飲み込む事は大事な事なのだ。

スズメはアスファルトの上をピョンピョンと飛び跳ねて、再度、くちばしで地面をっつく。

やがて、郵便か配送の軽トラックが、スズメのいた13階建てのマンションの前に停車した。スズメは大空に飛び去ってしまった。

次の餌場を求めたのか、巣へと帰って行ったのか?誰一人知る者はいないし、考える事もないだろう。

軽トラックの運転席側のドアは静かにひらかれ、運転手が降りて来ると、後ろのハッチをけて、配達伝票と荷物の荷札を確認しながら、一つの小包を取り出した。

配送員はマンションのオートロック方式になっている玄関ドア前にある操作パネルの前に立ち、伝票を見ながら "1103" と押した。

"トゥルットゥルッ" という音がスピーカーから聞こえて来たが、中々反応がなく、7回目に音はしなくなってしまった。

配送員は"フーッ"と軽い溜息ためいきを付くと、小包の上に"不在票"と印字された紙を置き、再び "1103" と押した。

同じように呼び出し音がなっている間に、配達員は不在票に必要事項を記入しかけた。

しかし、今度は3回目の途中に、やっと反応があった。

「ハイ、どなた?」しわがれた女の声が聞こえて来た。

「毎度、お世話になります。丸猫宅配便です。ジャングル書房さんから、代引きでのお届け物です」配送員の言葉を受け、ゴソゴソと何やら支度する様子が感じられた。5秒余り経ったのち「どうぞ」と少しだけクリアになった声と同時にオートロックドアは開いた。

オートロックが付いた13階建てマンションと言えど、敷地面積を建蔽率けんぺいりつぎりぎりまで広げて、上に13階分の建築物を建てただけの普通のマンションだ。エレベーターとて高速ではなく、普通のスピードで配送員を11階まで運んだ。

1103号室の部屋の前に向かうと、ドアはすでに半開きになっており、配送員はマニュアル通りにインターフォンを押した。半開きのドアからは、ネズミ色と言う表現が適当だろう色の、上下対じょうげついのスウェットスーツにピンクのカーディガンを羽織はおった、髪がくせっ毛のように跳ねた女が立っていた。

「おはようございます。相崎 智美さんですね?ジャングル書房さんからで、¥3728になります」言いながらも、カーディガンから飛び出ているクリーニング札が気になる配送員だったが、料金を丁度用意してくれていたので、印鑑をもらうと、配送控え兼領収書と商品を手渡すと、楚々草そそくさと立ち去ってしまった。

相崎智美は羽織ったカーディガンを針金ハンガーにかけ直すと、ソファベッドに置いていたビニールでおおい直し、クローゼットにしまった。

「まさか午前中の、しかも9時半に来るとは…9時~12時指定なんだから、お昼前に来いっちゅうの」智美は誰に聞かせるでもない文句を言いながら、小包を開けた。

「これこれ!ミックス・タイガーの初回限定アルバムCD。欲しかったんだぁ…でも朝からハードロックって気分でもないし…取りあえずめしにしよ」智美は包みはそのままに、キッチンに向かった。

智美は冷蔵庫からヨーグルトを出すと、食器棚からは、鉢のような硝子ガラス製の食器を取り出し、器の1/3くらいまでコーンフレークを入れ、その上からヨーグルトをたっぷり入れ、上から糖質カットのシロップをかけた。それを持ってリビングのTVが置いてあるソファベッドに腰掛け、ガラステーブルの上にヨーグルトを置いた。

昨夜きのう、寝落ちしちゃったんだよね。とりあえず、1:00くらいからで良いかな?半分は見たはずだし」智美はTVのリモコンとVHSのリモコンを操作して、昨夜見ていて、途中で眠ってしまった映画のビデオテープを、開始一時間の所に調整して、再生を押した。

「あっ、いけない。スプーンがなかったら食えないじゃん」智美はリモコンの一時停止を押して、再びキッチンに行くと、ついでにインスタントコーヒーを入れ、リビングに戻って来た。

「う〜ん、やっぱジャスティン・リップはこの海賊映画のジョー・スワロー役が一番だわ」都心で会社員をして、3年目になる智美は、大学時代から付き合っていた恋人と仕事のすれ違いから、入社半年ほどで別れて以来、次の恋を目指して自分磨きにと、休日はエステサロンに行ったり、ジム通いをしていたが、いずれも三日坊主に終わり、気が付けば、週末は一週間の疲れを癒やす為と、家の中で過ごすようになっていた。たまに学生時代の友人から誘われ、合コンと称しては、出掛けたが、めぼしい相手も見つからず、友人達が、どんどん恋人を作って週末のデートにいそしんでいるのを、自分一人、取り残された感があり、今ではすっかり諦めモードへと突入していた。

無論、まだ恋も結婚も諦め切った訳ではない。しかし "いつか白馬に乗った王子様が!" などとメルヘンチックな考えをしている訳でもない。だからと言って、運命の人は必ずいて、そう言う人とは自然に出会えるものとたかくくっていた。それでこの生活なのだから、『出会えるものも出会えない』と周りから言われると、余計に意固地いこじになってしまい、この有り様なのだ。

気付けば時刻は夕刻も17:45を指していた。

「あぁ、もうこんな時間か?明日から、また仕事なのに、アタシ何してんだろ?」そう言いつつ、スウェットに黒い前空きパーカーを羽織って、マンション下のコンビニエンスストアへと向かった。

買い物かごに720mlのロゼワインとローストビーフ、カップサラダに一人分用のイタリアンドレッシング、スモークチーズとクラッカー、最後に少し悩んで結婚情報誌を入れた。

家に戻った智美は、テレビ番組のドラマを見ながら買って来たものを口に運びつつ、ロゼワインを堪能たんのうしていた。

「あぁ、このデューク・フジヤマ、カッコいい♡こんな男に言い寄られたら直ぐにでもOKするのになぁ。でも、この人も結婚してんだよね。あぁ、もう良い男は売れ残ってないもんなのかなぁ」智美は逆輸入俳優として売れ始めた男優との愛のやり取りを夢想しつつ、昨夜同様に、いつの間にやら眠りに落ちて行った。


翌朝、目を覚ますと、いつもは7:00に起きる所を、時刻を見ると7:56になっていた。

「ヤ…ヤバ!早く支度しなくちゃ」智美は髪をくしで適当にき、ファンデーションのみの下地だけ化粧をして、慌てて家を飛び出した。

「駅に着くのは、急いでも、いつもより15分遅れくらいか。何とか間に合うよね?」左腕の腕時計に目をりつつ、智美は急いだ。

「あれ?ここの工場、いつの間に更地さらちになってんの?金曜日には確かにあったはずなんだけど…てか、そんなん言ってる場合じゃないってば」智美は再び走り出した。何とか駅に着き、定期入れを取り出し、改札機の認証プレートにてがおうとした所、今までにはなかった青いプレートに "IC" と書いてある。

「何?これ?ここに当てんの?」恐る恐る当てて見ると、改札機は "ピコンピコン" とアラームを鳴らした。

「もう!どうすりゃ良いのよ!」智美は仕方なく券売機で切符を買って、改札機を通り抜けた。

プラットフォームに上がる階段を駆け上がる智美だったが、ここでも違和感を感じた。

「この駅ってこんなに綺麗だっけ?」しかしそんな事を言っている場合ではなかった。智美は必死にホームまで駆け上がった。

しかし、智美はまだ気付いていなかった。自分が今いる世界の本当の意味を…

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