第163話・勇者の戦い

「だぁぁぁりゃっ!!」

「遅い!! 力むな喋るな振り回すな、理性を保って相手を見ろ!!」

「がっふぁ!?」


 リリカは、キルシュを殺そうともがいていた。

 大太刀の『鬼太刀』を振るが、キルシュに掠ることすらない。というか、キルシュは指一本で『鬼太刀』を受け止め、デコピン一発でリリカを吹き飛ばした。

 リリカは、ボロボロだった。

 羞恥心もないのか素っ裸で、破れた服は散乱している。キルシュを殺すためだけの存在になり、完全に女を捨てていた。


「お前ガァァァァッ!!」

「そうだ、来い!! お前はまだまだ強くなる。その剣の限界を超えろ、フリアエの力を引き出せ!!」


 キルシュもまた、楽しんでいた。

 女神最強ともいえる強さを持つキルシュは退屈していた。

 同種である女神と戦うわけにもいかず、信仰心を糧とするため、人間に喧嘩を吹っかけるわけにもいかない。大罪神器という相手に巡り合えたのはラッキーだったが、フリアエの意向で直接手を下すのは最後の手段となっていた……だから、鍛えるという名目でリリカと戦うのが、今は何より楽しかった。

 それに、キルシュはワクワクしている。


「夜叉連刃・十六連!!」

「ッちぃっ!!」


 リリカは、恐るべき速度で成長している。

 鬼太刀による連刃。最初は三撃が限界だったのに、たった数日で十六連撃にまで成長した。

 身体の使い方を、無自覚に覚えている。

 自分の教えを取り込み、成長を続けていた。

 指一本で全ての刃を受け止め、再びデコピンでリリカを弾こうとする─────。


「─────なっ」


 リリカは、キルシュのデコピンを寸前で躱し、身体を捻った。

 剣を振り上げる。狙いはキルシュの右腕─────。


「ふっ……面白い!!」


 キルシュは、右腕に力を込める。それだけで金属と金属がぶつかり合う音がした。

 鬼太刀が、キルシュの腕を落とすことはなかった。

 だがリリカは驚かない。このバケモノ女神は、人間ではないのだ。


「そうだ!! 心を揺らすな、いかなる場合にも対処しろ!!」

「…………」

「リリカ、お前は強くなる……私が、私を楽しませろ!!」


 キルシュの本音が出た。

 リリカは笑う。キルシュも笑う。

 今は手加減しているが、キルシュはいつ本気になるかわからない。

 リリカは『鬼太刀』を構える。

 キルシュは、初めて構えた。拳を握り、格闘家のように前に突き出す。


「─────ふぅ」


 リリカは、息を吐く。

 少し、冷静になれた。

 鬼太刀は、刃こぼれ一つせずに煌めく……まるで、リリカの使い方の荒さを知りつつ、自分は応えてきたぞと言わんばかりに。


「私は、ライトを殺す」

「そうか」

「セエレとアルシェの仇を取る」

「口だけなら言える。お前では勝てん」

「そうね……だから、まずはあなたを殺す」

「できるのか?」

「ええ……絶対に」


 リリカは、鬼太刀を両手で握る。




うたえ、『夜叉鬼刃やしゃきじん逢魔おうま』───そして、滅せよ」




 ここに、聖剣勇者の真の力が覚醒した。


 ◇◇◇◇◇◇


「は~い、あ~~~~~~~~~ん♪」

「…………あー、ん」


 魔の女神ラスラヌフは、虚ろな目で口を開けるアンジェラを抱きしめながら、口の中に芋虫と百足を掛け合わせたような、グロテスクな蟲を入れた。

 

「おいしい? おいしい?」

「おい、しい……おい……しい」

「うんうん。よくできてる。人魔融合は完璧完璧♪」


 アンジェラは、綺麗なドレスを着ていた。

 美しさは変わっていない。でも、目だけが死んでいた。

 ラスラヌフの実験により、肉体が壊され心も死にかけていた。


「…………ぁ」


 でも、まだ死んでいない。

 アンジェラは、勇者を待っていた。

 自分を救ってくれる勇者を、心の中で待っていた。

 でも、勇者は来ない。

 いつか必ず、お姫様を助けに勇者がやってくる。


「さて、そろそろ行こうか♪」

「…………?」

「ふふ、ようやく馴染んだし……いろいろ経験しないとね」

「…………」


 ラスラヌフは、アンジェラの顔を両手で摑み、顔を歪ませて微笑んだ。




「いい遊び場があるの……人間が『第五相』って呼んでる場所♪」




 ◇◇◇◇◇◇


 レイジは、フリアエと話して以来、部屋に引きこもるようになった。

 セエレとアルシェを失ったのは、ライトの親友と両親を殺したから。殺ったから殺られただけ。その凶刃……いや、凶弾が向けられるのは、自分だ。


「……っ」


 レイジは、ブルリと震えた。

 魔刃王と対峙したときも、凶悪な魔獣と対峙したときも、初めてライトと対峙したときも、こんな悪寒は感じなかった。

 リンと共に異世界に召喚され、勇者として戦ってきた。

 自分は勇者だと、負けるはずがないと高を括ってきた。

 でも、現実は違う。

 自分は何度も敗北し、仲間を失ってきた。

 リンを奪われ、セエレとアルシェを殺され……次は誰か。自分か、リリカか、アンジェラか……それとも、女神フリアエか。


「……いやだ」


 心が、冷めてしまった。

 勇者として戦うという情熱は、すっかり冷えてしまった。

 この世界が現実で、自分は勇者。でも……命を失えば死ぬ。ようやくその可能性に思考が追いついた。

 

「死にたくない……死にたくない……」


 レイジは、毛布をかぶって震えていた。

 ゆくゆくはファーレン王国の王となり、妃を囲ってハーレム生活を送る。ライトノベルの主人公のような生活を夢見ていた。

 だが、それはもうできない。

 レイジは知る由もない。リリカは復讐鬼となりキルシュと戦い、アンジェラはラスラヌフに改造された。

 

「…………ちくしょう」


 レイジは、ようやく知った。

 自分は、とんでもないことをしてしまったのだ。


「やっちまった……」


 自分は、ライトノベルの主人公みたいな勇者ではない。

 調子に乗りすぎて国を亡ぼす、お調子者のバカ勇者だということに。


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