第162話・ウェールズ王国へ

「……ん」


 ライトは、柔らかい感触を感じながら目を覚ます。

 個室のベッドに寝ていたのは、ライトとマリアだ。互いに裸で、昨夜というかほんの一時間前まで互いに求め合っていた。

 マリアに触れているが、苦しんでいる様子はない。


「……誓約を透過、それだけじゃない」


 第三相『冥霧』ニブルヘイム。

 感覚を操り、性欲を増大させる霧の効果。正確には性欲だけではない、人間の『感覚』そのものを支配し、自在に増幅させることができる霧だ。そして、操るだけでなく感覚を『透過』させることもできる。罪の意識や欲求がすり抜けてしまい、罪悪感を感じなくさせることもできる……と、ライトは考える。

 その気になれば、一つの町を霧で多い、老若男女問わず殺し合いをさせることもできる。


 大罪神器の誓約すら『透過』してしまう霧。これがわかっただけでも収穫だ。

 この霧を吸えば、シンクは風呂の温度を感じることもできるし、メリーもベッドで熟睡できるかもしれない。バルバトス神父が吸えば、痛みを感じ『罪』を感じることもできるだろう……使う予定はないが。


「ん……」

「よぉ、起きたか」

「あ……おはようございます」

「ああ。はは、ベッタベタだな」

「あ、あなただって! もう、あんなに求めて……」

「いいだろ。それより風呂だ。洗ってやるよ」

「あん、もう……それより、時間は大丈夫ですの?」

「多分な。劣化した性能だからわからんが、使用してから10時間ほど……半日くらいだ」


 ライトはマリアを担ぎ、浴室へ。

 これだけのために、浴室付きの個室を新しく借りた。

 マリアは顔を赤くしてブツブツ言っていたが、浴室まで運ぶと黙ってしまった。


「さて、風呂入ったら朝飯だ。リンたちも気を遣って呼びに来ないみたいだし、買い物でもしてるんだろ」

「えっ……お、女の子三人でお買い物!? わ、わたしはあなたとお風呂なのに……」

「我儘言うなっつの」


 でも、まんざらでもなさそうなマリアであった。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿で身支度を整えていると、リンたちが帰ってきた。


「あ、ライト。マリアも」

「悪かったな、買い物させて」


 シンクを撫でると、猫みたいに笑う。

 リンは顔を赤くし、マリアに言う。


「そ、その……二人とも、準備はいいの? 出発できるなら」

「大丈夫ですわ。リン……ふふ、安心してください。わたしの心はリンのものですわ♪」

「そ、そういうのはいいっつの!!」

「あん♪」


 抱き着くマリアを引き剥がそうとするが、マリアはリンの身体をまさぐる。

 それを無視し、ライトは珍しく起きているメリーに言う。


「お前、今日は起きてるのな」

「む~……あたしだってずっと寝てるわけじゃないー」

「寝てるのが多いけどな」

「むぅ」


 メリーの頭をポンと叩き、ライトたちは宿を後にした。


 ◇◇◇◇◇◇


 なんだかんだ言いつつも、メリーは馬車に入るなり寝てしまった。

 珍しくシンクも寝てしまい、そんな二人をマリアがニヤニヤしながら眺めている。

 手綱を握るライトの隣にはリンが座り、ウェールズ王国に向けて出発した。

 町を出て街道を進むと、リンが言う。


「ライト……」

「ん?」

「その、マリアのこと、好きなの?」

「ああ、好きだよ」

「そ、それって……お、女の子として?」

「あー……そういうのを俺とあいつは求めてない。純粋に快楽を求めてのつながりだ。というか、お前は知ってるだろ? マリアはお前を愛してるって」

「…………」

「まぁ、あいつに女の魅力を感じてないわけじゃない。美人だし、可愛いし……」

「むぅ……なんか最低」

「は?」

「と、とにかく! 旅の途中で妊娠でもしたら大変でしょ? その、したいなら……」

「ああ、あいつ避妊薬飲んでるから大丈夫だ」

「…………」

「な、なんだよ」

「別に……」


 リンはそっぽ向いてしまった。

 ライトも、マリアを抱くのは好きだった。

 柔らかく、包み込むような温かさ。上っ面の言葉でも『好き』とマリアは言ってくれる。それが嬉しく、つい応えたくなり、熱くなる。

 マリアはどうか知らないが、ライトはマリアを好きだった。何かあれば、命を賭けて助けたいと考えるくらいは。


「ちゃんとマリアを大事にしなさいよね」

「わかってるよ。もちろん、お前のことも大事にするから安心しろ」

「えっ……」


 リンは、なぜか顔を赤らめた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから数日。馬を順調に走らせて進み……見えてきた。

 手綱を握るライトは、王国都市の大きさに圧倒する。


「あれが第五相……『大迷宮』ラピュリントスか」


 王城、城下町よりも大きな煉瓦の塔。

 この世界最大最高のダンジョン。

 第五相『大迷宮』ラピュリントス。


「……面白い」


 ライトは、まだ知らない。

 大迷宮の深淵に潜むモノの正体。そして、来るべき敵の存在に。


『相棒、楽しそうだね』

「ああ。ワクワクしてる」


 カドゥケウスの問いかけに、ライトは嗤って答えた。


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