第145話・第三相『冥霧』ニブルヘイム
ライトは、思わずため息を吐いた。
「ったく、女神に勇者ときて最後は『八相』かよ? 雪や吹雪だけでも鬱陶しいってのに、フィヨルド王国がマジで嫌いになりそうだ!!」
そう言いながら、入口の霧に向けて発砲する。だが、実体のない霧に弾丸が通じることはなく、そのまま彼方にんで行った。
マリアも百足鱗を出そうとしたが、思いとどまる。
「シャルティナ、これは人間の気配で間違いありませんの?」
『ええ。うっすーい膜みたいにこの辺一帯を覆ってるわ。この真っ白な霧、人間で間違いないわね』
「……わたしたち、この霧を吸ったから、妙な行動を?」
『たぶんね。あたしやカドゥケウスの声も聞こえてなかったし、ライトは獣みたいにマリアの身体に触れて熱くなってたしぃ~……ふふ、惜しいわね」
「シャルティナ……」
『あん。冗談よぉ。続きはまた今度ぉ~』
ライトは聞こえないフリをしてとにかく発砲する。
ダメージはないが、弾速が凄まじいので霧が吹き散らされるのだ。だが、生き物みたいにライトたちを狙い、霧は迫ってくる。
「おい、リンとシンクは!?」
「起きているはずですが……」
「クソ。カドゥケウス、こいつの弱点は?」
『知らね。まぁこいつも《ギフト》のバケモノみてーだし、人間のニオイが濃い部分に弱点あるんじゃね?』
「適当だな……でも、それしかない。と言いたいけど!! この霧の中弱点探して突っ込むわけにもいかねぇだろ!?」
『だな。どーする?』
「お前、落ち着いてやがるな……」
発砲して霧を吹き散らすのも限界がある。なんとか対策をしないと、ライトもマリアも再び霧に犯されてしまう。
霧に犯されれば……犯されれば?
「……おい、この霧ってもしかして」
『たぶん、感情の起伏を操るんじゃね? さっきのはマリアの嬢ちゃんに対する劣情を、マリアの嬢ちゃんは相棒に対する劣情を上げられたんだろうさ。ほれ、見て見ろよ』
「「?」」
ライトとマリアが後ろを向くと、そこには……。
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、熱い、熱いよぉ」
「マリアぁ……なんか、身体が熱いぃ」
リンとシンクが、何も着ていない状態でテントから這い出してきた。
ゴクリ……マリアの喉からそんな音がする。
「そ、そういえば……町の噂で」
噂で聞いたことがある。
とある町が白い霧に包まれた後に、未婚の男女や若い夫婦の妊娠率が上がったとか何とか……最初は気にも留めていない噂だったが、まさか……。
「この霧、もしかして……す、吸い込むと素晴らしいことになるのでは?」
「おいこら、ヨダレ垂らしてんじゃねぇよ」
つまり、第三相『冥霧』ニブルヘイムは……霧を吸い込んだ者の性欲を高めてしまう。そんなどうしようもない効果だった。
一瞬、撃つのを止めようかと本気で考えたが……。
「ら、ライト!! お二人はわたしに任せて霧を!!」
「…………ヨダレ拭け、このアホ」
ライトはタライの水に手拭いを突っ込んで濡らし、口に巻く。
弾丸を装填し、大きく息を吸った。
「カドゥケウス。本体の位置を探せ」
『はいよー……人間の匂いの濃い場所まで誘導するぜ』
「早めに頼むぞ」
マリアがテントの中にリンとシンクを引きずり込むのを横目で見て、ライトはカドゥケウス・セカンドを構えて外に飛び出した。
◇◇◇◇◇◇
「どこだ、カドゥケウス!!」
『えーと、あっちだ』
真っ白い霧の中、ライトは走る。
少しずつ、身体が熱くなってきた。カドゥケウスの読み通り、この霧は性欲を高めてしまう効果があるらしい。
『オレらの誓約すら透過しちまう霧か。感覚を狂わせる魔性の霧……これ、使い道ありそうだな』
「今はそんなことどうでも、いい……っ!!」
ドクン、ドクン―――ライトの鼓動が高く鳴り、身体が熱くなってきた。
これは、抗えるものではない。時間が経てば動けなくなる。
下手な催眠よりよっぽど恐ろしい。人間の三大欲求の一つに干渉する霧が、これほどまで強力だとは。
ついにライトはへたり込み、動けなくなった。
「くそ、はぁ、はぁ……勇者なんかより、よっぽど、恐ろしい……」
『あ、この辺……お、見ろよ相棒』
「え……」
顔を上げると、人間の頭ほどの黒い球体が浮かんでいた。
ふよふよと漂い……球体は、白い霧を発生させている。
「本体……」
『おう。あれが第三相だ』
「…………」
ライトはカドゥケウス・セカンドに祝福弾を装填。
震える手で狙いを付けて発砲した。
「爆ぜろ」
『爆破』の祝福弾が黒い球体に着弾。大爆発を起こし粉々に砕け散った。
◇◇◇◇◇◇
大元を断ったおかげで、霧は徐々に晴れてきた。
細かな破片となった第三相をかき集め、ライトは左手で吸収する。
『少ねぇ……』
「文句言うな。《
『へいへい。ボリボリムグムグ……ッペ』
「おい、吐き出すような擬音出すな」
ライトの手には白い祝福弾。『
大きくため息を吐き、来た道を引き返す。
こうして、騒がしい夜はようやく一段落した。
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