第144話・霧の中、あり得ない
アルシェを喰らい殺した。
これで『祝福剣』は二本、祝福弾にした。もちろん使えないし無用の長物だが、セエレの『雷切』とアルシェの『壊刃』は、リンが保管している。
魂ごと喰らったので、セエレは生き返らない。魂はカドゥケウスの中でじっくりと消化されるはずだ。
思わぬ遭遇に驚いた一行だが、何の問題もなく勇者一行を退けた。
アルシェの最後の力でしてやられたが、問題はない。残り3人の聖剣勇者……じっくりと始末すればいい。そして女神フリアエを殺し、ライトの復讐は完了する。
御者をリンに任せ、ライトは馬車の中で休んでいた。
「はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「ああ。なんとか……」
マリアが白湯を注ぎ、ライトに手渡す。
ライトはマリアに触れないように、カップを受け取った。
今は、アルシェを喰った影響で疲れている。アルシェとはほとんど面識がないので、憎しみもそれほどではない。セエレの時のように、悩むこともなかった。
「次はウェールズ王国か。秋の国、そしてダンジョンのある王国だよな」
「ええ。有名なダンジョンはわたしでも知ってますわ」
「ああ。『八相』だよな」
「ええ」
ウェールズ王国にある最大規模のダンジョンにして『八相』の一体。
【第五相『
無数の罠や魔獣が闊歩し、最深部には膨大な量の財宝が眠っていると言われており、一攫千金を狙う冒険者たちが毎日深淵に潜っているという。
もちろん、死者も大量に出ているとか……。
「どうしますの?」
「……なにが?」
「ダンジョン、挑戦します? 一応『八相』ですが……」
「ん~……」
これまで戦ってきた『八相』とは毛色が違う。
第一相『喰死の顎』マルコシアス。
第二相『氷結の女帝』クレッセンド・ロッテンマイヤー。
第三相。
第四相『海月翁』ジェリー・ジェリー。
第五相『大迷宮』ラピュリントス。
第六相。
第七相『霊鋼亀』ガラパゴ・タルタルガ。
第八相。
第三相、第六相、第八相に至っては正体不明。
明確な形のある第五相を討伐すれば、祝福弾は作れるのだが……。
「とりあえず、大罪神器を探しつつ決めるか」
「そうですわね。それに、【憤怒】の所有者のことも気になるのでしょう?」
「まぁな。バルバトス神父……」
バルバトス神父の力は、かなり欲しい。
女神と対抗するには、大罪神器の力が必要不可欠だ。女神リリティアは完全に油断した上での不意打ちと、相手が女神の中でも最弱ということで倒すことができたが、リリティアの口ぶりでは他にも女神はいる。このまま進めば戦う可能性も高い。
残り三人の大罪神器を探し、祝福弾を作りつつ、自分たちを鍛え、勇者レイジたちを始末する……寄り道の多い旅になった。
「とにかく、ウェールズ王国に行こう……寒い冬はこりごりだ」
「同感ですわ。あら……雪ですわね」
外は、細かな雪が降っていた。
御者のリンが、隣に座るシンクに帽子を被せ、自分も口元をマフラーで覆う。
細かな雪は霧のようで、視界が一気に悪くなった。
「ちょっと、勘弁してよ……」
「リン、どうするの?」
「……んーあ、あそこに横穴ある。行こうか」
「ん」
たまたま横穴を見つけ、馬車をその中へ入れる。
このままでは走ることは難しいので、今日はここで休むことにした。
いつも通りに分担し、野営の準備を終わらせ……あっという間に食事まで済ませた。
「今日はわたしも付き合いますわ」
「は?」
「あなた、まだ体調が万全ではありませんわ。一人の見張りでは不安ですので」
「……勝手にしろよ」
「ふふ。ではリン、シンク、今夜はわたしたちにお任せを」
「わかった。よろしくね、マリア、ライト」
「おやすみー」
リンとシンクはテントに入り、ライトとマリアは焚火の傍で白湯を呑む。
いつもはカドゥケウスたちと話をするが、今日はマリアも一緒だ。
ライトは、外の様子を見ながら呟いた。
「雪、止まないな……」
「ええ。それに、霧みたいに真っ白ですわ……」
マリアの言うとおり、夜なのに外の霧は真っ白だった。
こんな冬の夜もあるのかと、ライトは白湯を呑む。
マリアをチラリと見ると、どうもボンヤリとしているようだ。顔も赤いし、どこか様子がおかしい。
「おい、どうし……っ」
ふらりと、ライトの頭に妙な感覚があった。
甘い香水のような、とろけるような感覚。
まるで、何かを盛られたような……。
「ッ……」
「はぁ、はぁ……」
マリアの吐息が熱っぽい。
それだけじゃない。ライトも身体が熱くなっていた。
ただ事ではない。
そして、気が付いた。
「霧……」
霧が、洞窟の中にまで入ってきた。
火を焚いているのに、霧が入ってきた。おかしい。どうして。
ライトの思考は妙な劣情に染まる。
「…………」
マリアが、目の前のマリアが、あまりにも自分を刺激する。
おかしいと感じ頭を押さえるが、マリアが消えない。
「マリア、おい……こっちに」
「え、ええ……わたし、へんですわ」
気が付くと、マリアが隣にいた。
ライトはマリアの手を掴む。
「え……い、いたく、ない」
「…………」
誓約の痛みを感じなかった。
ライトは、近くにあった短剣に触れる。やはり痛みを感じない。
これは尋常ではない。何かが、敵の攻撃を受けている。
「ぁ……」
「ま、りあ……マリア!!」
ライトは、マリアに覆いかぶさった。
服を脱がし、自らの『欲』を満たそうとする。マリアの抵抗はない。マリアも求めていた。
二人の頭の片隅に、『これはただ事ではない』という理性が残っている。
そして、小さな声が聞こえている。
『相棒、相棒!!』
『マリア!! あぁマリアってば!!』
互いに服を脱ぎ、抱き合ったところで我に返った。
これは尋常ではない。何かが起きている……何度も考えていたのに、ようやく身体が反応した。
「マリア……おい、やばい、ぞ」
「え、ええ……っつ、これは、いったい」
「……う」
「……あとで相手をしてあげますわ。今はそれをしまいなさい」
「わ、悪い」
マリアの身体を触っていたせいで、すっかり熱を持ってしまった。
ライトとマリアは服を着て、互いの相棒に声をかける。
「カドゥケウス、これは」
「シャルティナ、何が……」
『人間だ』
『ええ。近くにいる……とっても薄い、人間の匂い』
「え……に、人間ですの?」
「…………そういうことか」
ライトは、口を押えて外へ。
真っ白な霧が、意志を持ったかのように荒れ狂い始めたのだ。
ライトはカドゥケウス・セカンドを洞窟の入口に向けて叫んだ。
「第三相……間違いない、この『霧』が第三相だ!!」
正体不明の第三相『
それは、人の感覚を操る、魔性の霧だった。
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