第130話・届かない声、そして

 鉱山は、町から馬車で一時間ほどのところにあった。

 なんでも、魔獣の住処になっていた場所だったが、魔獣が討伐されたおかげで鉱山が解放され、安全を確認して本格的な発掘が始まったらしい。

 そこで足りなくなったのが人出。

 寒いフィヨルド王国の鉱山発掘は地獄だ。凍るような洞窟の中、ろくな暖房設備もない場所で発掘をする。

 こういう発掘は犯罪者の罰として行われたり、お金で雇われた発掘作業員がおこなうのだが……中には賃金を浮かせるため、浮浪者を無理やり連れ去ったりして作業させることもあるとか。

 今回の件は、このあたりの領土を治める貴族による主導のようだ。


「…………どこにでも、クソな野郎はいるんだな」

「それは仕方ない。愛と罪は表裏一体、この世に愛がある限り、同様に罪も生まれる」

「もぐもぐ……これ、おいしい」


 バルバトス神父が用意した馬車に乗り、三人は鉱山へ向かっていた。

 マリアとリンには何も伝えていない。夕方には帰れるだろうとライトは楽観視していたが……どうにも嫌な予感がした。

 シンクは、町を出る前に買った肉まんをモグモグ頬張っている。


「住人の子供たちを解放する。ここまで来たんだ……ライトくん、お嬢さん、きみたちにも手を貸してほしい」

「もちろん、手伝いますよ」

「ライト、肉まん」

「お前、話聞けよ……」

「ん。悪いやつら倒せばいいんでしょ?」

「待ってくれ。争いはいけない……まずは話合いだ。同じ人間、互いを理解し合えば、きっとわかってくれる」

「そう甘くないと思いますがね……最悪の場合を想定して」

「ダメだ。いいかい、怒りに身を任せてはいけない。争いとは怒りと悲しみを産む……怒りの感情を押さえ、理性的に話をするんだ」

「…………」


 怒り。

 バルバトス神父は軽く言う。だが……目の前で父と母を、親友を殺されて、目の前で嗤う勇者たちを前に、怒りを抱かずにいられるのだろうか?

 この怒りだけは、決して風化させない。バルバトス神父が何を言おうと、怒りという感情は必要だ。


「ライト、肉まん」

「……ほら、これで最後だ」

「ん!」


 ライトは、最後の肉まんをシンクに手渡した。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 馬車は、鉱山の入口に堂々と停車した。

 バルバトス神父が降り、ライトとシンクも続く。すると、入口前で警備をしていた傭兵が、あからさまに不審者を見る目で近づいてきた。


「何のようだオメぇら……神父と、ガキ二人で」

「この鉱山の作業員について、話がしたい」

「はぁ~?」

「ここの作業員たちは全員、望まない作業を強いられている。彼らの両親たちは泣いて神に縋っていた、どうか子供たちを返して欲しいと」

「帰れ。それとも、おめーもここで働きたいか?」

「話を聞いてくれ。いや、キミだけじゃない。ここの人間全員に聞いてほしい」

「あ!? おいテメェ、待て!!」

 

 バルバトス神父は、鉱山の中へ踏み込んだ。

 傭兵がバルバトス神父に手を伸ばすが、シンクがその手を掴む。


「なんだガキってでででぁぁぁだだだっ!?」

「ライト、握りつぶしていい?」

「止めろって。まだ駄目だ」

「ん」


 シンクは、丸太のような太さの傭兵の腕を、枯れ枝をへし折るように握りつぶそうとした……が、ライトに言われて手を離す。

 傭兵は腕をさすり、シンクをバケモノでも見るような目で見ていた。


「お、お前ら!! こんなことしてタダで」

「おーい、神父は行っちまったぞ」

「あぁぁっ!?」


 バルバトス神父は、鉱山内へ踏み込んだ。

 鉱山内は広く、何人もの傭兵が監視する中、痩せてボロボロの子供たち、浮浪者のような老人たちが、慣れない手つきで発掘作業をしていた。

 バルバトス神父は顔を歪め、今にも泣き出しそうな顔になり……叫んだ。


「皆、聞いてくれ!!」


 その声に、鉱山内での作業は止まる。

 突如として現れた神父に、傭兵たち、子供たち、浮浪者たちは注目した。

 

「私の名はバルバトス。神に仕える者である! 不当に自由を奪われた子たちを解放したい! 皆、話を聞いてくれ!」

 

 傭兵が、罰を与えるための警棒を手に、バルバトス神父の元へ集まる。

 どう見ても友好的には見えないが、バルバトス神父は嬉しそうに頷いた。


「皆、集まってくれてありが─────」


 次の瞬間、バルバトス神父は警棒で頭を殴られた。

 入口にいた傭兵を気絶させて縛ってきたライトとシンクは、その光景を見て一瞬で戦闘態勢に入る……が。


「待て、ここは私に」

「……ッ!! あんた、おかしいぞ!!」


 バルバトス神父は、頭から血を流しながら立ちあがる……笑みを浮かべて。

 ライトは、思わず非難してしまった。

 バルバトス神父はにっこり笑い、傭兵たちに囲まれながら言う。


「頼む。きみたちも同じ人間ならわかるはずだ。彼らにだって両親がいる。心を痛め、今も泣いて帰りを待つ者たちがいる。この鉱山が町の発展に必要なのは理解できる……だが、誰かを悲しませてまですることじゃないはずだ」


 傭兵の一人が前に出る……この鉱山に配置されている傭兵団の、リーダーだ。


「バカかお前? いいか、こいつらは単なる労働力だ。最下層に生まれた使えないクズどもだ。生きているだけで害悪な奴らだ。生きているだけで罪なら、死ぬまでこき使って死んでもらうのが、こいつらが女神様の元に行ける方法なんだよ」


 傭兵たちはゲラゲラ笑う。

 バルバトス神父は首を振った。どこまでも優しい表情で、ボロボロになりながら鉱山発掘をする子供、浮浪者を見つめながら。


「それは違う。私たちはみんな生きている。生きるということはそれだけで尊いんだ─────っが!?」

「黙れ。神父だろうと容赦しねぇ……こちとら高い金もらってんだ。作業の邪魔すんなら埋めんぞ、この野郎」


 バルバトス神父は殴られ、蹴られ、踏みつけられた。

 ライトが飛び出そうとするが、バルバトス神父は手で制する。血まみれになりながら、ボコボコに顔を腫らしながら、それでも笑っていた。


「ご、は……い、いいかい? 人は、人はみんな、愛されている。人が人を憎むのは」

「黙れっつってんだろ!!」

「ぶがっ!?」


 傭兵リーダーの拳が、バルバトス神父の顔面に突き刺さる。

 バルバトス神父はうつ伏せに倒れ、動けなくなってしまった。

 傭兵たちは、ライトたちに言う。


「おいガキ、こいつを連れてさっさと失せろ……大人しく立ち去るなら見逃してやる。それとも、おめーらもここで働いて行くか? ぎゃっはっはっは!!」

「…………」


 ライトの手がカドゥケウスに伸び、シンクの手が爪のように変化していく。

 貴族の依頼で鉱山の管理をしている傭兵だ。盗賊団のような犯罪者ではない。始末すれば犯罪者……だが、そんなことは関係なかった。




─────ドクン。




「シンク、殺すな。いや……半殺しだ」

「わかった。手足、堕としていい?」

「いいぞ。バルバトス神父には悪いけど、いい加減ムカついてきた」




─────ドクン。




『…………おい、イルククゥ』

『…………ええ、やはりこれは』

『ダンマリか……そういや、あいつと喋ったことねぇな』




─────ドクン。




「ほぉ、やるのか? いいぜガキども、貴族に逆らうってんなら、オレらも仕事しねぇとな」


 傭兵たちが、警棒を手に集まっていく。

 ライトたちも武器を構え、戦闘に入ろうと─────ドクン。




「……え?」

「あん? なんだ、まだ生きて─────ぼっが!?」




 バルバトス神父が、傭兵のリーダーをぶん殴った。

 殴られた傭兵のリーダーは、数メートル吹っ飛び、壁に激突した。

 いきなりのことで、ライトもシンクも傭兵たちも呆然とする。


「お、おぉぉ……おぉぉ、おっぉおおっぉ」


 突如、バルバトス神父に変化があった。

 両手首に、巨大でゴツゴツした『手枷』が現れた。

 装飾の施された手枷で、千切れた鎖が巻き付いている。


『おおおっ……おぉぉっ』


 変化は、それで済まなかった。

 上半身の筋肉が盛り上がり、服が破け、皮膚が真っ赤に変色し、全身の血管が浮き上がり、髪が白く変色し、炎のように逆立った。

 身長が三メートル近くなり、完全な異形の姿に変身したのだ。


「お゛お゛おぁがかぎゃぁぁぁっ!! ぶがぎゃはぁぁぁぁぁぁつ!!」


 雄叫びを上げ、バルバトス神父は吠えた。

 完全に理性を失ったバケモノ。誰もがそう感じた。

 ライトとシンクは、反射的に下がっていた。


「な、んだ……これ」

「ひぅ……」


 シンクはライトにしがみつき、震えていた。

 S級賞金首で、誰からも恐れられたシンクが怯えていたのである。


『相棒、ありゃ【憤怒】だ』

「え……」

『あのバルバトス神父って奴、大罪神器【憤怒】の所有者だって』


 カドゥケウスが、何気なく呟いた。


『あの神父、そうとう【怒り】を溜め込んでるようだねぇ……』


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