第129話・貴族の屋敷へ

 我に返ったライトとシンクは、慌てて教会から出てバルバトス神父を追う。

 幸い、すぐ近くにいた。消えそうなくらい儚い後姿を見つけ、ライトはバルバトス神父の隣まで走る。


「ば、バルバトス神父!!」

「おや、ライトくん」

「おや、ライトくん……じゃないっすよ!? 何しに行くんですか!!」

「決まっている。彼らの息子や娘たちを解放してもらうため、交渉に行く」

「いやいや……」

「話は聞いていただろう?」


 この町に貴族が、鉱山発掘の労働力確保のため、貧しい下町に住む住人たちの息子や娘を強制的に徴収し、労働力として無給で使っているらしいのだ。

 もちろん違法だ。だが、この町の貴族はフィヨルド王国の軍とも繋がっており、町の常駐軍は見て見ぬふりをしている。逆らおうものなら捕まり、投獄されて、どの道強制労働が待っているだろう。


「彼らは救いを求めている。そんな人たちを救うのも私の役目だ」

「役目って……フィヨルド王国の貴族は知らないけど、貴族に逆らえばどうなるかわかっているんですか!?」

「大丈夫。話せばきっとわかってくれるさ。同じ人間なんだから」

「そんな甘い考えが……」

「ありがとう。でも、私は暴力が嫌いだ。人はきっとわかりあえる。この大地に生きる者全て、心で繋がっているのだから」

「…………」


 ライトは、怖気がした。

 話し合いで全て解決できるなら、魔刃王だって討伐する必要はない。このバルバトス神父ならそう言うだろう……でも、時に戦いが必要なことも、きっとある。

 貴族は、国王の次に権力を持つ。領地を与えられ、町や村から税を徴収するのが役目だが、中には金目当ての腐った貴族もいる。この町の貴族も、ろくでもない奴だと言うのがわかった。住人が望まない徴収なんてあり得ない。


「話は終わりかな? 申し訳ないが、これから貴族様の屋敷に行って、話を付けてこなくてはならないのでね……失礼するよ」

 

 バルバトス神父は、帽子を取ってニコリと微笑む。

 本気で、対話をしに行くつもりだ。住人ではない旅の神父だろうと、貴族に逆らえばどうなるかわからない。


「……シンク」

「ん」


 ライトはシンクを見た。すると、シンクは頷く。


「バルバトス神父、俺たちも行きます」

「ん?」

「護衛です。こう見えて俺たち、かなり強いんで」

「……わかった。でも、戦いはナシだ。全て私に任せてもらう」

「…………わかりました」


 シンクとのデートが終わり、バルバトス神父と貴族の屋敷に向かうことになった。

 面倒なことにならなければいい。そんなライトの願いは、あっさりと打ち砕かれる。


 ◇◇◇◇◇◇


 貴族の屋敷は、町の一番奥にあった。

 金持ちはどうして権力を象徴したがるのか。そんな疑問が出るくらい大きな屋敷だ。町で遊んでいる分には気にならなかったが、こうして見ると闇の深い街だ。


「では、行こう」

「え」


 そう言って、バルバトス神父は屋敷の門兵の元へ。門兵は、神父と少年と少女という妙な組み合わせのグループを見て眉を顰めている。

 バルバトス神父は、なんの躊躇いもなく言った。


「私は旅の神父バルバトス。この町の領主に、鉱山発掘のために住人の子供たちを連れ去った件で話をしたい。どうかお取次ぎ願えないだろうか」

「っぶ……ば、バルバトス神父!?」


 馬鹿正直にもほどがある。

 門兵は思いきり不機嫌そうな顔をしていた。


「帰りな」

「だよな……」


 あっさりと断られ、思わずツッコむライト。

 シンクは欠伸して猫のように顔を擦っているし、バルバトス神父は困ったように頬をポリポリ掻く。


「うーん。ダメかな?」

「帰れ」

「頼む、話をしたい。どうかお取次ぎを」

「帰れ」

「頼「帰れ」……」


 取り付く島もない。門兵の仕事は完璧だった。

 どうやら、屋敷には入れそうにない。少し考えたバルバトス神父は、ポンと手を打つ。


「そうだ。なら、鉱山に行こう。不当な現場で働く作業員たちを解放し、後々、改めて話を聞くとするか」

「ちょっ」


 それを、なぜ門兵たちの前で言うのか。ライトは頭を抱えた。

 当然、この家の門兵として、この家の不利益になる発言を見逃すわけにはいかない。

 門兵は、一人に指図し、自分は前に出る。一人の門兵は屋敷の中へ行ってしまった。


「おいあんた、自分が何言ってるのかわかってんのか?」

「もちろんだ。ところで、鉱山はどこかな? っと、そういえば住人が言ってたな……ここから東にある新規の鉱山だとか……よし、ライトくん、お嬢さん、行こうか」

「…………あ、はぁ」

「ふぁぁ~……ねむい」


 門兵の眉がピクピク動いている。どう見ても喧嘩を売っているようにしか見えない。

 シンクの腕を軽く突き、いざという時の準備をさせる。


「兄ちゃん、冗談でも笑えないぜ……?」

「私は本気だ。まずは従業員を解放し、それから話し合おう。では、失礼するよ」


 バルバトス神父は帽子を外して会釈、そのままスタスタ歩きだす。

 門兵は優秀だ。バルバトス神父を追わず、門番という役目を放棄するつもりはないようだ。だが、二人いた門兵の一人が戻ってこない。恐らく、鉱山へ連絡しに向かったのかもしれない。

 ライトとシンクは、バルバトス神父の後を追った。


「あの、本気で鉱山に?」

「もちろんだ。二人とも、無理はしなくていい」

「いえ、付き合います。シンクもいいか?」

「ん、いいよ」


 こうして、貴族に喧嘩を売り、鉱山に向かうことになった。いや……なってしまった。


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