第111話・シンクと

「…………」

「…………?」


 シンクは、赤いボサボサの髪をかき上げ、眠そうに目を擦る。

 四肢が以前見た時と違う。こんな滑らかな、人間のような四肢ではなく、巨大な爪のような手だったはず。

 シンクは、ぼーっとした瞳でライトを見た。


「あれ? あなた……だれだっけ?」

『お忘れですか? 【暴食】ですよ』

「ぼうしょく……あ、そーいえば。ボクの顔を殴った人だぁ」


 シンクは、ブスッとした顔でライトを見る。

 ライトは警戒したままカドゥケウスを向け、質問した。


「ここで何をしている」

「ん~……寝てたら捕まったの。それでここに連れてこられたぁ~」

「…………」


 話にならなかった。

 なぜ裸なのかは想像がつく。先ほどの少女たちと同じように、乱暴するためだ。

 解せないのは、シンクの実力なら、この程度の盗賊は皆殺しにすることだってできたはず。それなのに、なぜ大人しく捕まっていたのか……。


『深く考えているようですが、シンクの言葉に嘘はありませんよ。この子は本当に寝ていただけです。盗賊たちが寝ているシンクを捕まえ、服を脱がしてここまで連れてきたのですよ』

「…………本当か?」

『ええ。嘘ついても仕方ないでしょう? それに、この程度の人間なら、20秒もあれば皆殺しにできます』

「……わかった」


 事情はわかった。では……次は?

 ライトはカドゥケウスを構えたまま、シンクは依然として裸のまま眠そうに目を擦る。

 このまま、前回の続きを始めるのか……。


 すると、シンクのお腹がキュルゥゥ~と音を立てた。


「…………」

「あう……おなかへった」

「…………」

「じぃ~…………」


 なぜかシンクはライトをジッと見ている。

 まさか、飯をよこせとでも言うのだろうか。

 そもそも、こいつは……。


『相棒、なんか喰わせてやれよ』

「は?」

『忘れんなって。おめーの敵は『勇者』と『女神』だ。前は殺りあった敵だったが、命かけてまで敵対する相手じゃねぇ。むしろ、手懐けて利用してやれ』

「…………」


 一理、ある。

 シンクを見ると、小動物のように首を傾げている。以前とは違い、敵意は全く感じない。

 試しに、ポケットから保存食のクッキーを取り出し、シンクに近付けてみた。


「ほれ、食うか?」

「いいの? 食べる!」

「と、ほら」


 シンクが目をキラキラさせて近づいてきたので、クッキーを手渡した。すると、こりこりと美味しそうに齧っている。

 ライトは周囲を見回し、盗賊の盗品である木箱を漁る。すると、シンクが着ていたと思われる服を見つけたので、シンクに聞く。


「おい、これお前の服だろ?」

「ふぁ? あ、うん。ちょーだい」

「ああ」


 シンクは未だに全裸だ。

 しなやかでスレンダーな身体を隠そうともせず、ライトから服と下着を受け取って着替える。すると、以前見たままの、水着の上にコートを羽織ったような、雪山を歩くのに正気とは思えないスタイルのシンクが完成した。


「……お前、寒くないのか?」

「うん。誓約で体温を感じなくなってるから。ボク、熱いとか寒いとかわかんないの」

『……はぁ』


 シンクは、自分の誓約をあっさりとばらした。

 イルククゥがため息を吐いたのがわかる。ライトも、こんなにあっさりシンクが言うとは思わなかった。


「ねぇ。お兄さんの名前は?」

「……ライト」

「ボクはシンク。ありがとね」

「ああ。それで、これからどうするんだ?」

「うん。第二相の四肢を狩る。それで雪山に来たけどさっぱり……ライト、どこにいるか知らない?」

「……知らん」

「そっかー……早く四肢を狩りたいのに。綺麗な手足、スパッと落として……くふふ」

「…………」


 シンクは、歪んだ笑みを浮かべている。

 ライトは怖気を感じ、警戒だけは緩めないようにした。

 どうしても、これだけは確認しなくてはならない。


「お前……俺と戦う気、ないのか?」

「ないよ? だってライト、ボクに優しくしてくれたし、イルククゥが同族と戦っちゃダメっていうしね」

『ホッ、殊勝なこった。イルククゥ』

『大罪神器同士で争っても意味がないでしょう?』

『ま、そーだな』

「それに、戦うのは綺麗な狩りごたえのある四肢を持つ人だけ、ライトはちょっと硬そうだし、興味ない」

「そりゃどうも……」


 シンクは伸びをして歩き出す。

 すると、イルククゥがシンクを止めた。


『お待ちなさいシンク。少しそちらの方にお話があります』

「俺か?」

『はい。どうでしょう、私たちに協力してもらえないでしょうか』

「……は?」

『私たちの目的は第二相、そして第三相です。シンク一人では捜索に限界がありますので、協力していただけないでしょうか?』

「……見返りは?」

『あなたの目的に協力します』

「…………」

『シンクは強いです。あなたの目的が何であれ、きっと役に立つと思いますが』

「…………わかった。その代わり、俺の言うことは聞いてもらう。それでいいか?」

『交渉成立、ですね』


 こうして、シンクが一時的に仲間になった。

 シンクは首を傾げている。


「イルククゥ、どういうこと?」

『この方に美味しいものをいっぱい食べさせてもらえるということですよ』

「ほんと!?」

「うわっ!? だ、抱き着くな!!」

「おいしいもの、いっぱいくれるの!?」

「わかったわかった。いいから離れろ!!」


 シンクの加入。果たして、これからどうなるのか。




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