第110話・天津甕星
「…………あそこ、か」
『みてーだな。おいおい、見るからに盗賊っぽい隠れ家じゃねーか』
「…………」
ライトは、村からかなり離れた雪山の上まで飛び、盗賊のアジトらしき岩山近くの樹の上にいた。『浮遊』と『強化』を組み合わせて飛ぶと、かなりのスピードが出せる。祝福弾同士の組み合わせも面白い。
『どーすんだ?』
「正面から乗り込むのも面白そうだけど、今回はコイツを使う」
ライトが取り出したのは、空色の弾頭の祝福弾。
第四相『海月翁』の力を封じ込めた、『
盗賊のアジトは岩山の洞穴で、雪の上に無数の足跡があるのが何よりの証拠。
それに、笑い声が聞こえ、周囲には戦利品と思わしき鎧や武器、奪った荷車が一塊になって放置されていた。
恐らく、一仕事終えて戻って来たのだろう。戦利品を肴に、祝勝会を開いている、といったところだ。
間違いなく、油断はしている。
「ッチ、『鑑定』で確認したいな……さすがに洞窟内じゃ見えないし、わからない。それに、盗賊とか……装備系ギフトばっかりだろうしなぁ」
ライトは樹の上でため息を吐く。
盗賊になるのは落ちぶれた傭兵や元冒険者……そんな話はよく聞く。
装備系ギフト能力は、冒険者たちの間ではありふれている。冒険者の五割が装備系ギフトの持ち主だとも言われている。
盗賊に身を落とすのは、ギフトを鍛えることに挫折した者達。力を持ちながら鍛えることをせず、楽を覚えた者達だ。
「…………ちっ」
ライトは、ギフトを持たなかった。だから、己を極限まで鍛え、ギフトの持ち主と渡り合える強さを手に入れようともがいた。
剣術だけなら、団員の誰にも引けを取らないくらいには強くなったと思う。でも……ギフト能力には勝てない。
「なんかムカついてきた。いくぞカドゥケウス」
『あいよー』
ライトは祝福弾を装填し、銃口を洞穴の入口へ向ける。
「増殖、『
空色の弾丸が発射され、洞窟の入口に着弾した。
◇◇◇◇◇◇
地面に着弾した弾丸は砕け、地面に吸収された。
そこに、まるでシャボン玉のような泡がぷくぷくと浮かび、シャボン玉は小さな……クラゲのような形に変形し、洞窟の奥へふよふよ向かう。
「なるほど、スキイロクラゲの劣化版か」
『じゃあ能力は?』
「たぶん、『
ライトはきっかり30分ほど放置し、宴会騒ぎが完全に聞こえなくなったことを確認。木から飛び降りる。
着弾位置に空いた穴からはまだスキイロクラゲがぷわぷわ発生している。どうすれば消えるのか近付いてみると、まるでライトが近付くのを待っていたように消えてしまった。
「……なるほど。設置型の罠みたいなものか。直接攻撃よりも、不意を突いた殲滅系、設置系の祝福弾……限定的な場所だと使いやすいけど、一対一じゃほとんど使えないな」
『めんどくせぇ力だな』
「……同感」
直接戦闘が得意なライトにはあまり向かない力だ。まぁ、苦労せず倒した第四相の力に、そこまでの高望みはしない。
それより、雪が降ってきた。
「よし、洞窟内を確認してみるか」
◇◇◇◇◇◇
ライトは、自分に『鑑定』の祝福弾を撃ち込み、洞窟内へ。
洞窟内には、泡を吹いて痙攣している盗賊が大量にいた。全員死んではいない。だが、かなり苦しんでいるようだ。
「うわ、くっせぇ……密室じゃ地獄だな」
ライトは嫌悪感丸出しで歩く。何故なら、吐瀉物や痙攣で失禁や脱糞する盗賊がたくさん居たからだ。洞窟内の悪臭に顔をしかめる。
転がる盗賊を鑑定しながら進むが、案の定装備系ギフト能力ばかりでガックリする。
「一本道……楽でいいな」
カドゥケウスを装備しながら洞窟の最奥へ。
洞窟内は一本道で、最奥が広いドーム状になっている。そこに、全身痙攣で苦しむ盗賊たちと、親玉らしき盗賊が泡を吹いていた。
「お、盗賊首領は……っかぁ、『魔剣士』かよ。この盗賊団もハズレかよ」
盗賊首領らしき大男を『鑑定』すると、『魔剣士』のギフトだった。
他の盗賊も全員が装備系ギフト能力ばかり。ハズレもハズレ、無駄足もいいところだった……が。
「……ん?」
洞窟の奥に、鉄の檻があった。
そこには、気を失った数人の少女達が、ほぼ裸で転がっていたのだ。
全員、寒さで身を寄せ合って震えている。間違いなく、この盗賊たちに攫われた女の子たちだ。
乱暴はされてないようで、服だけ脱がされていたようだ。ライトは知るよしもなかったが、ライトの到着がもう少し遅かったら、宴会後に乱暴され、そのまま奴隷として売られていただろう。
ライトは転がる盗賊のコートを適当に剥ぎ取り、鉄の檻の扉をカドゥケウスで破壊、中の少女達に向かってコートを投げた。
「外に荷車と馬がある。逃げるならそれを使え、それと、町の常駐騎士に、この盗賊たちを捕らえるように報告してくれ」
恐らく、数日はこのままだろう。
第四相のスキイロクラゲに触れると身体が麻痺し、麻痺が抜けるのに20日はかかると言われている。劣化版でも数日はこのままのはずだ。
ライトが捕まっていた少女の一人に言うと、少女はウンウン頷き、捕らえられていた少女たちは逃げるように走り出した。
『ケケケケケッ、大方、クラゲを見て驚いたんだと思うぜ』
「かもな。っと……」
鉄の檻に、まだ少女がいた。
怖くて動けないのか、身体を丸めて――――。
「――――――ッッ!!」
ライトは、己の眼を疑った。
そこにいたのは、真紅の髪の少女だった。
漆黒のヴェールを纏ったようなしなやかな四肢を持っていた。
何故か裸で、身体を丸めて眠っていた。
『おや、お久しぶりです……』
『イルククゥ、おめー……なにしてんだ?』
『……いろいろあったのですよ』
ライトでもカドゥケウスでもない、もう1人の男の声。
大罪神器【嫉妬】のイルククゥの声。
そして。
「ふぁ……よくねた。ん~……」
赤髪の少女シンクと目が合ったライトは、反射的にカドゥケウスを構えた。
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