第112話・勇者レイジ、フィヨルド王国へ

 ここは、フィヨルド王国。

 煉瓦の要塞のような王城に、三人の少女と一人の少年がいた。


「お久しぶりですな、勇者レイジ殿」

「お久しぶりです。アイスノン国王」


 勇者レイジ。

 この世界の脅威であった『魔刃王』を討伐した、異世界から来た勇者であり、今はフィヨルド王国の客人として、国王に謁見していた。

 跪く三人の少女の内一人がレイジの隣に並び、ニッコリと微笑む。


「お久しぶりですわ。アイスノン国王様」

「おお、アンジェラ姫。美しさに磨きをかけられたようで」

「ふふ、ありがとうございます」


 アンジェラと、このフィヨルド王国の王アイスノンは面識がある。最後に見たのは三歳くらいの少女だったが、成長とは早いものだとアイスノンは思い……訝しむ。

 勇者パーティは、五人グループではなかったか?


「ところで、お二人ほど足りないようですな?」


 アイスノンが疑問を口走った瞬間、外の吹雪よりも冷たい冷気が、謁見の間を支配────────。


「やめろ、リリカ」

「…………」

「申し訳ない、アイスノン王。勇者パーティは二人ほど抜けて、今はアンジェラを加えたこのメンバーなんですよ」

「そ、そ、そう、ですか……」


 リリカの殺気は一瞬だった。だが、この場を支配するのに十分な殺気だった。

 セエレの死、リンの裏切り─────そんなこと、言えるはずがない。

 護衛を務めるはずの兵士たちですら、リリカの殺気に当てられて動けなかった。そもそも、魔刃王を討伐した勇者に、騎士や兵士が適うはずがない。

 アイスノンは、重い空気を払拭しようと話題を変える。


「と、ところで、本日はどのような用事ですかな?」

「ああ、実は、お願いしたいことがあるんです」

「……聞きましょう」


 レイジは、徐々に敬語が抜けて行く。

 だが、アイスノンはそれを咎めず、レイジの話を聞くことにした。


「オレたちが魔刃王を討伐したことは知ってますよね」

「もちろん、この世界最高の話題だ」

「なら、魔刃王の復活……いや、新たな魔刃、いや……『魔銃王』の誕生については」

「……ま、じゅう、王?」

「ええ。刃でなく銃。最低最悪のクソ野郎ですよ……っ!!」


 レイジは、怒りをあらわにしていた。

 歯がギリギリと軋み、笑顔なのに怒りに燃えている。


「頼みってのは、魔銃王とその仲間を指名手配してほしい」

「指名手配!? ま、待って下され、新たな魔刃王ということは、魔刃王と同等の脅威ということですか!? そんな人物を指名手配しても、捕まえられるとは……」

「いや、見つけるだけでいい。見つけたら手を出さないで、オレたちに連絡してくれ。後は……『勇者』の仕事だ」

「お、おぉ……」


 アイスノンは聡明な王だ。

 一瞬で『魔刃王クラスの脅威』を見抜き、手を出せば返り討ちに合うということを考え、手を出せないときっぱり言った。この判断力は、同じ王として見習うところがあるとレイジは思う。レイジもまた、王として少しずつ成長していた。


「この国に『模写コピー』のギフト持ちはいるだろ? そいつの人相を教えるから、フィヨルド王国中に指名手配してくれ。頼む」

「……わ、わかりました。ですが、勇者レイジ殿……」

「ん?」

「その、魔刃王と同等の脅威……手に負えるのですかな?」


 アイスノンは、心配していた。

 レイジは、このフィヨルド王国には一度だけ来て謁見し、すぐに帰った。寒かったから、さっさとこんな国を出ようとしか考えていなかったのである。でも、このアイスノン王はなかなかの人格者だ。若き王であるレイジを心配している。

 だから、レイジは答えた。


「大丈夫。オレら、以前より遥かに強くなってるからな」


 愛の女神リリティアのおかげでな……さすがに、そこまでは言わなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 この日、レイジたちは城に泊まることにした。

 上等な客室をそれぞれあてがわれたが、当然のように全員がレイジの部屋に集まる。

 もちろん、夜もここで寝るつもりだろう。


「まぁ、指名手配に期待はできねぇけど、しないよりマシだな」

「うん。ハッキリ言って、ライトを捕まえられるのは私たちだけ。まぁ……見張りくらいなら任せてもいいね。ね、アルシェ」

「そうですね。ところで、魔銃王ライトがこの国にいる可能性は?」

「さーな。まぁ今ならオレたちは負けないぜ。愛の女神様の『愛』があるからな!」

「ふふ、レイジ様ってば子供みたい」

「へへへ、アンジェラだって嬉しそうじゃねぇか」

「そうですか?」


 まだ二十歳になっていない少年少女の会話は、とても無邪気だった。

 新たな力を得て、確かな実力を持った勇者たちは、何気ない会話を弾ませる。


「今日のメシは城下町で食べようぜ。前にフィヨルド王国に来たときに食べた鍋料理が喰いてぇ」

「あ、いいね! ねぇアルシェ、アンジェラ」

「私はかまいません」

「わ、わたくし、ナベ? を食べたことありませんわ」

「じゃあ決定だな。兵士に伝えて外出しようぜ!」


 レイジたちはコートを羽織り、部屋を出る。

 騎士か兵士を探して城を歩くと……。


「聞いたか? 外れの村で攫われた女たちが戻ってきたようだ」

「本当か? 確かあの盗賊団、冒険者ギルドに討伐依頼が出ていたようだが……」

「いや、依頼は受理されていない。女たちの話では、『透き通った小さな何かに触れた盗賊が、泡を吹いて倒れた』って言ってるそうだ」

「なんだそりゃ? ギフトの力か?」

「そうだろうが……わからん。とりあえず、近くの町の常駐騎士が後始末に向かったらしい」

「そうか……まぁ、盗賊を始末できたのならいいだろう」

「ああ。だが、少し気になることが。女たちを助けたのが」

「あ、すんませーん」


 レイジは、騎士たちの話に割り込む。


「これは勇者殿、外出ですか?」

「ああ。みんなで鍋を食ってくる。この国に来たなら鍋を食べないとな!」

「わかりました。夕食は必要ないと伝えておきましょう」

「よろしく。じゃあ!」


 レイジたちは、談笑しながら城を出て行った。

 騎士は敬礼で見送り、話の続きをする。


「で、なんだって?」

「ああ。女たちを助けたのが、少年だったらしい」

「少年?」

「そうだ。しかも────────」


 もし、この会話をレイジたちが聞いていたなら。

 もし、レイジが会話を最後まで聞いていたら。




「その少年、黒い筒から・・・・・何かを発射して・・・・・・・、女たちを閉じ込めていた檻を壊したようだ」




 もし、この会話を最後まで聞いていたら……あんなことには・・・・・・・ならなかったのに・・・・・・・・

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