第102話・鍋神父

 宿に戻り、ライトは厩舎に馬を入れる。

 新しく入った馬は大人しく、餌入れに野菜をたっぷり入れるとモグモグ食べる。ライトは最初の馬を『先輩』、新しく入った馬を『後輩』と名付けた。


「先輩、後輩には優しくしろよ」

『ブルルン……』

「後輩、先輩と仲良くな』

『ひぃぃん!』


 どうやら、大丈夫そうだ。

 馬は、年中冬のフィヨルド王国を進むのに絶対必要だ。寒さに強い馬の後輩、冬装備でガッチリ固めた先輩のコンビに、箱形の荷車を引いてもらう。

 話に聞くフィヨルド王国は、年中冬というだけあって雪の対策はしてあるそうだ。

 道は毎朝除雪され、フィヨルド王国の領土中に遭難したときのために仮設小屋が設置してあるらしい。


「フィヨルド王国は大変だ。頑張ってくれよ」


 ライトは、二頭を撫でて厩舎を後にした。

 寒いので、リンに頼んでお湯で洗ってやろうと決め、宿の離れの中に入る。

 せっかくなので、温まる物が食べたい。町に出ればいい店があるかなと考え……。


「リンリン、リン♪ 温泉でゆっくりしましょぉぉ♪」

「あ、あのさ。あんまりベタベタはちょっと……」

「あら? わたしに一晩付き合う約束では?」

「う、うぅ……でも、あの時は」

「……リンは約束を破りますの?」

「うっ……わ、わかったわよぅ」

「うっふふふふふっ♪」


 リンに抱きつきベタベタ甘えるマリアを見て、少しゲンナリした。

 大きくため息を吐き、ライトは言う。


「お前ら、風呂入るなら 入ってこいよ。俺は外でメシ食うから」

「え、一人で行くの?」

「別に、一緒じゃなきゃいけない理由は無いだろ」

「ダメ、ダメダメ! ご飯はみんな一緒に食べないと!」

「風呂は?」

「そうですわ! わたしとリンの初めてを……」

「だってよ。じゃあな」

「あぁぁ!」


 ライトは、一人で宿を出た。

 マリアとリンの邪魔をするつもりはない。なぜなら、興味がないから。

 女同士で肉欲に溺れようと、戦闘に支障がなければそれでいい。

 

 町に出ると、冷たい風がライトの身体を撫でつける。

 ヤシャ王国内なのだが、気温や気候はフィヨルド王国寄りだ。上着がないと出歩くのはキツい。


「さっむ……なにか、温まる物が食べたいな」


 時間は夕刻。夕飯を食べるのには少し早い。だが、おかげでどの店も空いている。

 その辺の大衆食堂でもいいが、どうせなら温まる物を食べ、宿の温泉にゆっくり浸かりたい。


「お、鍋か……」


 フィヨルド王国では鍋料理が有名らしい。

 寒い日が続くので、身体が温まる料理が多いのだとか。この国境の町でも、フィヨルド王国寄りの飲食店が多い。

 ライトは、近くにあった鍋料理店に入ろうと足を向ける。


「っと」

「失礼」


 そして、店に入ろうとドアに手を伸ばすと、同じように手を伸ばした青年と手が重なる。

 

「失礼。お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫。申し訳ない」


 ライトより少し年上だろうか。20歳くらいの男性だ。

 着ている服や雰囲気から、神父だろう。和やかな表情で微笑み、帽子を外して一礼する。髪の色は白く、華奢で儚げな印象を受けた。


「ではお先にどうぞ」

「あ、どうも」


 神父が鍋屋……そう思いつつ、店に入る。

 入って後悔した。なんと満席である。


「いらっしゃい! 悪いねお客さん、一席しか空いてなくて……相席でいいかい?」

「あー……」


 ライトは、背後にいる神父を見る。

 ここで帰るのは失礼な気がした。神父はどう反応するか確認すると、和やかに頷く。


「じゃあ、相席で」

「はいよ! じゃあ中へどうぞ!」

「ありがとう。では、行こうか」

「えーと……はい」


 なんとなく敬語で返し、神父と同じ席に座る。

 対面同士で座り、改めて神父を見た。

 華奢で儚げな白髪の神父だ。神父はどの町にもいるが、鍋屋に入る神父は初めて見たライト。

 メニュー表を眺めながらウンウン唸る神父。微笑ましい光景だ。

 ライトもメニュー表を眺め、オススメの肉鍋にする。神父は山菜鍋にするようだ。

 注文し、沈黙……と思いきや、神父が言う。


「旅の途中かね?」

「ええ、まぁ。仲間二人といろいろ見て回ってるんです」

「ほぉ。実は私も巡礼の旅の途中でね。ここの鍋料理が美味いと聞いたのだよ」

「有名なんですか?」

「ああ。この町では一番の店さ」

「へぇ……あ、来た」


 店員が鍋を運んできた。

 ライトの肉鍋と、神父の山菜鍋だ。手頃な大きさの鍋に、肉がたっぷり入っている。ライトは顔をほころばせ、さっそく食べようと……。


「天地一切の恵みに感謝します」

「……い、いただきます」


 神父は食材、作った人に感謝の祈りを込めている。いきなりがっつくのを躊躇ったライトは、神父の祈りに合わせて食べ始めた。

 肉鍋は塩気が利いて美味しい。緑の野菜も多く入っていて、これがまた肉とよく合う。ライトはあっという間に完食した。


「はー……美味しかった」

「ははは。きみは実に美味しそうに食べるね。肉鍋も美味そうだ」

「山菜鍋も美味しそうじゃないですか」

「うむ。山の幸の恵みだ。実においしい」


 神父は上品に、行儀良く食べている。

 このまま店を出ようか迷ったが、神父を待つことにした。

 

「済まないね。もうすぐ終わる」

「あ、いや……ゆっくりどうぞ」

「きみは優しいね」

「…………いえ」


 山菜鍋を完食した神父は立ち上がり、ライトの分も会計を済ませた。

 さすがにこれはと、ライトは財布を取り出すが、意外に大きな手がライトを制する。


「良き時間をありがとう。久しぶりに楽しい時間でした」

「え、あ……はい」

「私の名はバルバトス。またどこかで」

「ら、ライトです。その……また、どこかで」


 バルバトスと名乗った神父は、帽子を取って一礼、そのまま溶けるように雑踏に消えていった。

 ライトは、その後ろ姿が見えなくなっても、バルバトス神父が消えた方向を見つめていた。


「……なんか、不思議な人だった」





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