第93話・それぞれの戦い

「これ以上先に進ませるわけにはいかんなぁ」

「じゃあ死ね」


 ライトは、竹串を咥える男に向けて何の迷いなく引き金を引く。狙いはもちろん頭部と心臓と首。完全完璧に殺すつもりだ。

 だが、弾丸は男に名中どころか擦りもせず、不自然に逸れた。


「……?」

「おいおい、なんだその武器は? 何かをとんでもない速度で打ち出してるのぉ」

「……お前、何をした?」

「それを話すと思うのかね?」


 男は、刀を抜いた。

 肩で刀を担ぎ、トントンと叩く。何かのポーズかとライトは警戒し、ポケットの小石を掴む。


「装填」


 弾丸が6発装填される。

 それを見た男は「ほほぅ」と唸った。


「どうやら、タマに限りがある。それと、何かを媒介にしてタマを作る、そして撃ち出すギフトか……なかなか面倒だが強力じゃの」

「…………」

「ふふ、図星か。素直な坊だ」


 ライトは男を無視し、祝福弾を込めながら接近する。

 ライトの身体能力なら剣は躱せる。あとは――――――。


『止まれ相棒!!』

「ッッッ!!」


 カドゥケウスの叫びがライトの脳に突き刺さり、無意識でブレーキを掛けた。すると、ゾワリとした怖気がライトの身体を突き抜け――――――。


「おぉ、躱したか? 胴を切り離すつもりだったが……」


 ライトの腹の薄皮が切り裂かれ、決して少なくない血が溢れた。


 ◇◇◇◇◇◇


「お嬢ちゃん、こっちおいで……ウチが天国に連れてたるわ」

「まぁ素敵。年上もありですわね……」


 着物を着崩した遊女風の女性は、隣の部屋に向かう。

 ライトと剣士風の男はすでに戦いを始めていたので、邪魔にならないようにと場所を変えるつもりなのだろう。

 マリアは迷わず後に続き、隣の部屋へ……。


「…………え?」

「ふふ、何を驚いてるん? 言うたやろ、天国へ連れてくって」


 部屋は、甘ったるいお香が焚かれ、提灯の光だけが室内を照らしている。広さも物置よりやや広いと言った感じだ。そして何より、布団が敷かれていた。


「これは……?」

「ふふふ、お嬢ちゃん……女同士ってのもあり、そう思わんか?」

「…………」


 遊女風の女性は、着崩した着物をさらに崩し、マリアを布団に誘う。

 お香のせいか、マリアの鼓動が高まる。

 目の前の遊女風の女性が、マリアを誘惑する。

 女性は、ペロッと舌舐めずりをして言った。


「おいで。可愛がったるわ」

「…………」


 マリアは服を脱ぎ始め―――――。


 ◇◇◇◇◇◇


「カドゥケウス、助かった……」

『相棒、少しは頭使え。あんなに自信たっぷりな奴が、何の策も持ってねぇはずねえだろ。どうやら、自分に絶対的な自信があるみてーだな』

「……ああ」


 ライトは、薄皮一枚で済んだことに安堵した。

 決して少なくない血の量だが、上半身と下半身が分かれるかもしれなかったのだ。カドゥケウスには感謝してもしきれない。

 

「ふぅ……」


 冷静になれ、ライトは自分に言い聞かせる。

 そして、気が付いた。


「なぜ、動かない」

「ん~……そりゃ、動くまでもないからだ。きみの攻撃は絶対に当たらないし、オレの攻撃はきみに絶対当たる。でもね……ちょっと事情があって動けないんだ」

「……なるほどな、お前の能力、動くと使えないんだな?」

「ありゃ、ばれちゃった。『居合い斬り』のギフトなんだけどね、使用条件が『自分が動かずに相手がオレの間合いに踏み込むこと』なんだよねぇ」

「バカかお前。それを俺に言ってどうするんだよ」

「別にいいよ? だってきみには躱せないし、きみの攻撃は全て切り落とせるし……まぁ、適当に時間をかければ増援も来るし、きみは逃げざるを得ない。はい、オレの勝ち……ってわけ」

「…………」


 確かに、この男の言う通りだった。

 忍者や武士はかなり倒したが、ここまで来るルートの敵を全て倒したに過ぎない。時間が経てば増援も来るし、そうなればライトたちが不利だ。この男の言う通り、撤退も視野に入れなければならない。


「逃げるなら追わない。オレの能力は『待ち』が前提だからね。純粋な斬り合いもそこそこ自信あるけど、たぶんきみには勝てないとおもうしね。だから……オレはここで待つ」

「…………じゃあ、俺は作戦を考えてお前を倒すとするか」


 祝福弾はある。クイックシルバーはあと一度だけ使える。

 ライトは息を吸って……吐く。そして、全弾を男に向けて発射した。


「クイックシルバー」


 ドクン、と景色が変わる。

 一秒を一〇秒に変える力が展開する。

 放たれた銃弾がライトにも視認できるくらいの速度で男に向かい、十分の一の速度なのに男は一瞬で抜刀。銃弾を叩き落とすのではなく、切っ先でそっと軌道を変えた。とんでもない剣技だった。

 でも、ライトには見えた。


「だから、無駄だって」

「ッッッ!!」


 反動で、鈍い痛みがライトの身体を走る。

 銃弾が急に逸れた理由はわかった……が、対処が難しい。

 クイックシルバーはもう使えない。なら、真っ向勝負しかない。


「わかった……これならいける」

「お、やるかい? 逃げた方がいいと思うけど」

「いや、ちょっと痛いかもしれないが、覚悟は決まった」


 そして、ライトは男に向かって走り出す。

 男は苦笑し、刀の柄に手を添えた。


「『分身』、『重量変化』」


 『分身』の祝福弾で自らの分身を生み出す。

 従来の『分身』の劣化型なので、身代わりの機能がない。本当にライトと同じ、ただの分身である。

 現れた分身は素手。カドゥケウスを持っていないが、男に向かって一緒に走る。

 そして重量変化。分身の重量を重くする。


「なぁるほど、盾にしようってか……まさか、そんなのでオレの隙を作ろうと?」

「…………」


 ライトは答えない。分身を前にして、本物は後ろにいる。

 男は、ライトが分身を盾にして抜刀後を狙うのだと思った。というか、ライトにできる策はそれしかない。

 

「甘いよ少年。オレの抜剣は……そんな人形じゃ防げない」


 男の射程内入る。

 一瞬の抜刀。

 分身の身体の胸から上が切断される。

 驚くべきはそのリーチ。分身の身体に食い込む。重さなど関係ない。

 どんなに硬くても、どんなに重くても、『居合い斬り』に切れない物はない。




「装填……ッッ!! っつぁ」




 次の瞬間、男の『刀』が消失した。


「え?」

「いっづぁ……ばぁーか」

「あ」


 ドンドンドンドンドンドン、と……金属弾が6発、男の身体に綺麗な穴を空けた。

 男は、気付かなかった。

 ライトの狙いが分身による防御で抜刀後の隙を狙うことでなく、敢えて分身を斬らせることで刀の斬撃筋を見極め、分身を両断して刀が現れる位置に左手を置き、左手に刃が食い込んだ瞬間に『弾丸』にしてしまうことが真の狙いだと。

 

「ご、ッぽぁ」

「いっづぁ……っぐそ、剣を弾丸にするの、なるべくしたくないな」

『でも、金属弾はやっぱいいな。貫通力が違うぜ』

「ああ……」

「…………ぷぁ」


 男の目から光が消えた。

 なんとか、ライトは勝利した。

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