第92話・リン、囚われなんかじゃない

 ヤシャ城の最上部にある一室に、リンは囚われていた。

 身包み剥がされ、死に装束のような着物を着せられ、監禁されていたのである。

 逃げようと思えば逃げられるだろうか?


「…………く」


 無理だ。

 なぜなら、部屋の天井の至る所から『鎖』が垂れ、ミミズのようにウネウネと動いている。まるで、『お前など簡単に拘束できる』とでも言うかのように。

 仕方なく、リンは部屋の壁に寄り掛かる。


「…………」


 声に出さず、考える。


「マルシア、静かに」


 小声で言う。

 リンの影の中には、マルシアがいる。

 なぜ、マルシアはそのまま放置されたのか。Rギフトの『影師アサシン』なぞ敵ではないということなのか。

 天井にある鎖に拘束される寸前、リンは影に潜ろうとマルシアの名前を呼んだ……が、能力を発動させる前に鎖に拘束された。

 だから、リンの中にマルシアが……『影師アサシン』が使えるということは気付かれていないのだろうか?


「でも、おかしい……」


 ヒデヨシのSRギフト『洞察眼どうさつがん』は、『鑑定』の上位種と言っていた。

 鑑定は、対象を見ることによって効果を発揮する……。


「まさか……」


 確かに、リンの中に『ギフト』はない。

 でも、影に潜んだマルシアのことまでは見られていない。あの時、『マルシア』と叫んだだけで、能力は発動しなかった。マルシアも察したのか、出てこない。

 ヒデヨシの『洞察眼どうさつがん』は、見ないと効果を発揮しない。

 なら、チャンスはある。マルシアの力があれば……それに、リンの中には強大な魔力がある。その気になれば、魔術でこの城を水浸しにしてやってもいい。

 

「……はぁ~、私もお尋ね者かなぁ」


 リンは立ち上がり、首をコキコキ鳴らす。 

 すると、天井の鎖がウネウネ動き、ゆっくりと下降してきた。

 でも、リンは動じない。


「あのさ、なんか勘違いしてるようだから教えてあげる。確かに私はギフトをなくした。剣術と魔術は得意だけど……マルシア」


 ────────トプン。


 鎖が、一斉にリンを襲う。

 だがリンは、一瞬で影の中に消えた。


『ッ!? 消え……』

「みーつけた」

『えっ』


 天井裏、忍び装束を着た男の背後に、ちょこんと身体を丸めて微笑むリンがいた。

 男が振り向くと同時に、リンの人差し指から水の弾が生まれ、男の顔を包む。


「アク・ボール」

『っごっぼ!?』


 顔が、まるでフルフェイスのヘルメットを被ったように、水の玉に包まれた。

 呼吸ができない。取ろうとしても取れない。呼吸できないという恐怖が鎖の男の思考を奪い、奪われた思考の代わりに身体が動く。


「おっと、暴れないでよね」


 天井裏を突き破り、リンのいた部屋に落ちるが、リンは音が響かないように水のクッションを作りだす。まるで浴槽の形をした水に落下する鎖の男。

 バッシャバッシャと暴れるが、完全な球体になった水の中では呼吸ができない。鎖の男を包む浴槽のような水の塊が、容赦なく男を恐怖に堕としていく。


「あのね、私は覚悟ができたわ。イエヤスもヒデヨシも許せない。女の敵……マリアが知ったら殺されるかもね」

『っごっぶ!? がばばばばっ!!』

「この国の王子様だけど関係ない。悪を断罪する」

『ご、ぽ……』


 リンは指をパチッと鳴らす。すると水球のが渦巻き、鎖の男の口の中に入っていく。


『がっぽぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!?』


 胃が破裂寸前まで水を流し込まれ、鎖の男は白目を剥いて気絶した。

 残りの水は蒸発させる。水の扱いにかけて、リンは間違いなく世界最高の腕を持っている。


「あと、私……ギフトなんてなくても強いから」


 そう言って、自分の影に潜った。


 ◇◇◇◇◇◇


 ライトとマリアは、ヤシャ城の階段を駆け上り、最上層に向かっていた。


「ねぇ、リンはこちらで間違いないのですか?」

「さぁな。でも、元勇者だってバレてんなら高待遇だろ。こういうのは大抵、城の上層階にいるモンだろ」

「さすが元騎士、詳しいですわね」

「そりゃどーも、でも……」

「でも?」


 階段を駆け上ると、一本道のような廊下に出た、奥には大きな襖がある。

 二人は迷わず奥へ向かい、ライトは高級そうな襖を問答無用で蹴破った。

 そこは、とても広い畳敷きの部屋だ。


「……上層に行けば、強いのも出てくるってことだ」

「なるほど、そういうことですか」


 広い畳敷きの部屋に、男女がいた。

 一人は着物を着た男。腰に長い刀を差し、竹串のような物を咥えている。

 もう一人は女性。遊女のようにしか見えず、着崩した着物からは胸の谷間が見えている。手には鉄扇を持っているようだ。

 間違いなく、敵。

 しかも……強い。


「おい、ギフトを聞いておけよ。男の方は期待できそうにないからな」

「年上というのもいいですわねぇ……調教して差し上げますわ」


 ライトとマリアは、獰猛な獣のように嗤った。

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