第60話・ライトvsセエレ

『落ち着けよ相棒。まずは……相手が何を喋るか聞こうじゃねぇか。ケケケケケケケケッ、きっと相棒の怒りにいいスパイスをぶちまけてくれるぜぇ?』

「…………」


 ライトは馬車から降り、一言だけ告げる。


「頼む」

「……わかりましたわ」


 マリアには、それだけで伝わった。

 聖剣勇者が来たら手を出さない。ほんの少しだけ互いを理解したマリアは、ライトの意思を尊重することにした。

 

「……ライト」

「リン、手出し無用ですわ。もしあの方に何かあったら、わたしはあなたを守るためにここから離脱します」

「え……」

「命の覚悟、あの方はしてらっしゃいますわよ?」

「……っ」


 止めることも、一緒に戦うこともできない。 

 どんな事情があろうともレイジは同じ日本の、しかも同級生。セエレは共に戦った仲間。そんな二人がライトを殺すためにここにやってきた。

 しかもレイジは国王のはず。どうしてこんなところへ……。


「おいリン! いい加減にこっちに帰って来いよ。同じ日本人じゃねぇか。一緒に王国を盛り立てていくのが、オレたちがこの世界に来た理由だろ?」


 さすがに、これには黙っていられなかった。

 リンは馬車から降り、ライトを完全に無視するレイジに向かって言う。


「違う! 私がこの世界に来たのは、魔刃王を討伐するため! レイジ、あんた……家に帰りたくないの? こんな、人殺しまでして……」

「あぁ~……まぁ、帰ってもつまんねぇしなぁ。大学に就職、働いて金稼いでも税金で持ってかれちまう。死にかけのジジババに年金払うためだけに働くなんて嫌だろ? 運悪けりゃ高齢ドライバーの車に轢かれて死ぬような日本に帰りたいと思うか?」

「……あんた、ネットの情報鵜吞みにしすぎ。それに、家族だっているじゃない」

「うーん……オレにとっちゃ、可愛い嫁さんがいっぱいいるこっちの世界のが大事だ。家族なんてどーでもいい」


 ザワッ……と、殺気が充満する。

 家族が大事? その家族を目の前で奪ったのは誰だ?


「ん? なんだお前……ああ、そういえばお前の家族と友達を殺したのオレだっけ」

「……き、さま」

「あのさ、お前、女神様から危険人物扱いされてんだよ。大罪神器だか何だか知らねぇが、魔刃王と同列の脅威になるってんならオレが倒すぜ!」

「……レイジ、ライトは強い。油断しないで」

「おう! へへへ、久しぶりに一緒に戦えるな、セエレ」

「……うん」


 セエレは、頬を赤くして笑った。

 レイジは、悪意すらない笑顔で笑った。

 ライトは、頭の中で何かが切れるのを感じた。






「お、ま゛ぇぇっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」






 右目が真紅に輝き、カドゥケウスが銃声という形で吠える。

 なんであんなに笑える、なんであんなに幸せそうにできる。俺の大事な物を奪った。俺の大事な全てを奪った。なんでなんでなんでなんで。


『ケーーーーーーッッケケケケケケケ!! いい、いいぞ相棒。もっともっともっともっと!! もっと怒れ、憎悪しろぉぉぉぉぉっ!!』


 カドゥケウスが吠え、弾丸はレイジの元に。

 だが────────。


「『疾風迅雷しっぷうじんらい』!!」


 セエレの手にある刀が、銃弾全てを叩き切った。

 そして、銃を構えたままのライトを見る。


「『雷迅怒涛らいじんどとう』」

「っ!?」


 レイジとセエレとの距離は二十メートル以上あった。だが、セエレは紫電を纏い一瞬でライトの懐に潜り込んだのだ。

 全く反応できなかったライトは防御すらできない。


「っっっぼぇぁっ!?」


 そのまま、強烈なボディブローを喰らい、十メートル以上吹っ飛んだ。

 レイジはケラケラ笑い手を叩く。


「おーおーすげぇぞセエレ! さっすが『雷切』、雷と風を自在に操るセエレのスピード剣! かっこいいぜー!」

「……照れるからやめて」

「が、っはぁ……っ」


 疾風迅雷しっぷうじんらいによる超速抜刀術。

 雷迅怒涛らいじんどとうによる高速移動。

 セエレはこの技だけで、勇者の旅を乗り越えた。リンからはそう聞いている。


「そ、そうて、ん……っ」

『おう。おいおい相棒、落胆させんなよ?』

「へへ……見てろ」


 ライトは石を摑み装填。

 鍛えていたおかげでなんとか身体は無事だ。内臓も損傷がない、痛みはあるが動ける。

 立ち上がり、改めてセエレと対峙する。


「ライト、今は手加減したけど、もう容赦しない。素直に殺されてくれるなら、痛みなく一瞬で終わらせてあげる」

「ふざけんな……死ぬのはお前、そして勇者レイジだ」

「そう……なら、幼馴染としての情け。一瞬で終わらせる」


 セエレは、風と雷を纏う。

 バチバチと帯電し、周囲に風が舞う姿は、力強く美しさすら感じる。

 それに対し、ライトは祝福弾を装填する。


「来いセエレ、俺はお前を倒す」

「なら、私は殺す」


 セエレは構え、ライトは引金を引いた。


「『風雷神剣ふうらいじんけん』!!」


 高速移動と超抜刀剣術を合わせたセエレの必殺技。どんな魔獣もこの技で一刀両断してきた。

 狙いは、ライトの胴。上半身と下半身を分断させる────────が。


「っぐぉぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!!」

「なっ……」

「へ、へへ……」


 ライトは、両腕を交差して腹をガードしたのだ。

 雷切が左腕に食い込み、食い込んだ状態の刃を右手で摑まれている。


「お前、いっつも……胴を狙ってたからな……それに、リンが言ってた。セエレは人と戦うとき、相手の腹を裂いて内臓を露出させる変態だってな」

「ッ!!」


 ライトが使った祝福弾は二つ。

 『重量変化』で自身の体重を極限まで増加させ、『硬化』で肉体の強度を限界まで高めた。

 それでも腕に剣が食い込んだが、もう離さない。誓約により刃が身体に触れているが、そんな痛みすら忘れるほどライトは興奮していた。


「は、離せっ」

「嫌だ……この、野郎ガァァァァッ!!」

「ぶぎっ!?」


 ライトは『硬化』で硬直した身体を動かし、セエレの顔に一撃喰らわせた。

 だが、大したダメージではない。口から血が出た程度だ。


「ぐ、おぉぉぁあぁぁああああぁぁっ!!」


 セエレの雷切が腕から抜け、殴られたセエレは地面を転がる。

 ようやくまともな一撃を加えられた喜びに、ライトは顔を歪めた。


『ああ、いいぜ相棒。もっともっとヤろうぜ!』

「もちろん、そのつもりだ……ッ!!」


 絶対に負けない。

 セエレを殺して復讐する。それに、セエレだけじゃない。奥には勇者レイジがいるのだ。

 父を殺した勇者レイジ、奴を殺────────。




「凍て盛れ、『凍炎とうえん』」




 ライトのいる地面が一瞬で燃え、一瞬で凍った・・・。炎のまま凍り付き、氷柱のような形で。

 炎の氷柱は、ライトの身体を貫いた。


「っぐ、っげぇぁぁぁぁっ!?」


 脇腹、右足、左肩に炎の氷柱が突き刺さった。

 全く予想していない一撃に成すすべもなく、セエレの何かが直撃した。

 ライトは出血し、地面に伏せる。


「これ、女神様からいただいた新しい《祝福ギフト》。風と雷の『雷切』と対を成す、炎と氷の剣……『凍炎とうえん』」


 セエレの手には、脇差のような刀があった。

 雷切を右手に、凍炎を左手に持つセエレ。


「女神様はね、私に二つ目のギフトをくれたの。どう?」

「が、はっ……ッ!! こ、の、野郎……」


 直撃を受けたライトは立てなかった。

 血が流れ、足が動かない。

 セエレを睨みつけることしか、できない。


「に、二本目……まさか、二つ目のギフトだなんて」

「…………」


 驚愕するリン。ライトを見続けるマリア。

 

「おお、すっげぇなぁ。オレの出番なさそうじゃん。って……あの女の子誰だ? けっこう可愛いじゃん♪」


 マリアを見てニヤニヤするレイジは、セエレの勝利を確信していた。

 

『ケケケケケケケケッ、ヤバいぜ相棒。このままじゃ死んじまう』

「がはっ……っくぉ、楽しそうに、嗤ってんじゃ、ねぇよ」

『おいおい、まだあれがあるだろ? 使っちまえよ、相棒』

「……へへ」


 ライトの手には『神喰狼フェンリスヴォルフ』の祝福弾があった。

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