第61話・神喰狼
よろめきつつも、ライトは立ち上がる。
漆黒の祝福弾を装填し、血の気の引いた瞳でセエレを睨む。
カドゥケウスを構えたライトは、何の感情も籠っていない声でつぶやいた。
「闇の眷属よ来たれ、『
引金を引くと、銃口から黒い炎が飛び出し、巨大な黒炎の狼が現れる。
大きさは二十メートルほどと縮んだが、それでもセエレやライトよりもはるかに巨体であることに変わりない。何より、実体のない炎の身体は漆黒に揺らめいている。
「な……なにこれ」
「へぇ、かっけぇじゃん」
驚愕するセエレに緊張感のないレイジ。
「これが、マルコシアスの祝福弾……」
「素敵……」
『きゃうんっ!! きゃんきゃん!!』
驚くリン、うっとりするマリア、そして、かつての自分の姿に感応したのか、子狼のマルシアが吠える。
『どうだ相棒?』
「ああ……わかる、こいつは強い。俺の言うことを聞く」
『なら、わかるな?』
「ああ……」
ライトはカドゥケウスをセエレに向け、叫んだ。
「セエレを焼け、そして喰い殺せ!!」
黒炎の狼は、セエレに向かって飛びかかった。
◇◇◇◇◇◇
「なんだ、こいつっ!!」
セエレは、迫る黒炎の狼に対し、逃げることなく応戦した。
自身の持つ絶対的な武器にして、信頼できる相棒とも言える剣、『雷切』を帯電させ、自らに風を纏う。
「
黒炎の狼を縦に一刀両断。普通ならこれで終わりだが……。
「手ごたえがないっ!?」
肉を持たない炎の狼は、絶対的な風と雷の刃で両断されても、何事もなかったかのように元に戻った。
そして、大きな口を開けてセエレを丸呑みしようと迫る。
「くっ……ら、
紫電を纏い、高速で移動する。まだ知られてはいないが、この技は直線しか高速移動できない。あまりにも早いため、急な方向転換はできず、肉体にも負担がかかる技なのだ。
黒炎の狼をすり抜けるように躱したセエレは、対象を変更する。
「ライトォォォッ!!」
「…………へへへっ」
暗い笑みを浮かべるライトは無防備に佇んでいる。
気のせいか、出血が少なくなっている。回復魔術でも使ったのか。
そして、両手の刀を構えたセエレは叫ぶ。
「風雷神剣! 凍炎神剣!」
風と雷の刃、氷と炎の刃を交差させ、ライトに斬りかかる。
黒い炎の狼はまだ後ろ。今のうちにライトを殺せばきっとこの黒い炎の狼も消える。
セエレは、振り返らずにライトの元へ。
「群がれ────────『
セエレの背後で爆発が起きた。
「えっ!? あっぐっ!?」
そして、肩に猛烈な痛みと肉の焼ける匂いがした。
「あっが、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あっははははははっ!! 焼けろ焼けろ!!」
小さな狼だった。いや、小さな黒い炎の狼だ。
巨体の狼が破裂し、子狼ほどのサイズの黒狼が、セエレに群がって飛び掛かったのである。しかも一匹が肩に喰らいつき、そのまま肩肉を焼く。
ライトは一歩も動かず、セエレが焼かれる光景を見て笑っていた。
「こ、このっ! あっぐ、あっっぢ! うあばっ!?」
群がる子狼は10や20ではない。セエレを喰い焼き殺さんと数百が群がる。
正常な判断力を奪われつつあるセエレは、炎を凍らせる『凍炎』を使うという考えがすっぽり抜けていた。能力を使わず、子狼の群れを追い払おうと、剣を振り回している。
それが、ライトには滑稽に映った。
「あははははっ、ほらセエレ逃げろ逃げろ、体中を焼かれて死ぬのがいいか? それとも俺に打ち殺されるのがいいか?」
『ケーーーーーーッケケケケケケケケッ!! まぁた相棒がゲスいこと言ってる!! ああいい、いいぜ相棒ぉぉぉぉぉっ!! あぁぁ……いいわぁ』
カドゥケウスも興奮し、セエレが子狼に蹂躙される光景を見て嗤っている。
楽しくて仕方ない。
セエレが焼ける。セエレが苦悶の表情を浮かべる。セエレが、セエレが、セエレが、セエレが、セエレが、セエレが、セエレが、セエレが、セエレが、セエレが!!
「ははははははははははははは、あっはははははははははははっ!!」
ライトは、蹂躙されるセエレを見て嗤う。
まるで、カドゥケウスのように笑い、狼に焼かれて転げまわるセエレを姿が楽しくてしょうがなかった。
「はぁぁ~~~~~~楽しい、なぁカドゥケウス」
『ああ、ああ、ああ……もうイッチまいそうだぜぇ、相棒ぉぉ』
セエレが転び、炎の狼が一斉に群がった。
あとはこのまま焼き殺せばいい────────だが。
「輝けぇぇぇっ!! シャインブレードっ!!」
そんな、ムカつく声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
全ての黒狼が消えた先に現れたのは、全身に火傷を負ったセエレを優しく抱きかかえるレイジの姿だった。
「大丈夫か、セエレ?」
「れ、イジ……ごめんな、さい」
「気にすんな。ほれ、これ飲め」
「ん……」
レイジは、懐から小瓶を取り出し、セエレの口に近づけた。
セエレが小瓶の中の液体を飲むと、火傷の跡や傷が淡く輝き、時間が巻き戻るかのように消えてなくなった。
リンは、唖然として言った。
「レイジ、それ……『
「そう。城の薬品庫からくすねてきた」
エリクシール。それは、奇跡の霊薬。
傷を完全に癒し、あらゆる病を治療し、欠損した手足すら再生させる、最高位の回復薬だ。エリクシール一つでファーレン王国上級貴族の生涯年収に匹敵する値段だ。さすがの勇者パーティーでも、持ち出すことが許されなかった薬品である。
「ま、オレが王様だし? 自由にできるってわけよ。絶対数が少ないのは仕方ねぇけど、こういうときに使わないとな」
「死ね」
ライトはレイジに向かって発砲した。
だがレイジは、ライトを見もせずに剣を僅かに持ち上げる。それだけでライトの弾丸は全て叩き落された。
「おいおい、まだ喋ってる最中だろ。ってか、今の見えたか?」
「……ッ!!」
「見えなかったんなら、オレには勝てない。まさか銃が出てくるなんて驚いたぜ? けっこう羨ましいかも……なぁ?」
「えっ」
ジワァ~っと、ライトの背中が熱くなった。
レイジがいない。セエレが頬を染めているのがわかった。ライトを、正確にはライトの背後を見ている。
「熱っ……」
『相棒!!』
「え?」
妙な悪寒がライトを包む。
どうしてこんなに寒いのだろうか?
「魔刃王の再来か……もう少し苦戦するかと思った、でもまぁ、まだまだオレからすりゃ雑魚だな」
声が聞こえた。
ライトは、肩から脇腹に掛けて熱かった。
一瞬で背後に回り背中を斬られ、そのまま正面に回って胸を斬られたと理解できたのだろうか? 気が付くとカドゥケウスを落としていた。
『相棒、相棒! しっかりしろ相棒! ったく、せっかくいい感じに嗤ってたのによぉ!』
「…………ごぷっ」
気が付くと、そのまま地面に崩れ落ちた。
聞こえるのは、カドゥケウスの声だけ。
『あーあ、せっかく認めてやったのに……』
ライトの意識が、消えかける。
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