第59話・子狼マルシア

 ライトたちはマルコシアスに勝利し、カドゥケウスがマルコシアスを完食。そして、喰いきれずに吐き出したのは、マルコシアスの喰いカスという小さな子狼。

 まさかの結果に驚きつつも、ライトはすぐに表情を引き締めた。


「チッ、食い残しとは行儀悪いな……」

「ちょっ、ライト、何を!?」

「あ? 決まってんだよ。始末するんだ」


 ライトは、拳銃を子狼に向けていた。それを慌てて止めたのはリン。

 

「こ、子どもだよ? さすがに殺すのは」

「おい、子供じゃなくて喰いカスだ。本質はお前を攫って喰おうとしたマルコシアスだぞ」

『きゅうん……』

「で、でも……」


 子狼は尻尾をフリフリしながら甘い声で鳴く。

 庇護欲をそそる声にリンはガマン出来なかった。


「待って、お願い。待って……」

『きゃうん!』

「おい、リン……」


 リンは、尻尾を振る子狼を抱き上げた。

 ライトだけではなくマリアも警戒する。だが、マルコシアスとおぼしい子狼は、気持ちよさそうにリンの胸に顔を埋め、尻尾をフリフリしていた。


「ねぇカドゥケウス。この子ってマルコシアスなの?」

『まぁな。でも、恨みやら辛うじて残っていた自我はオレが喰っちまった。そいつは正真正銘の喰いカス……なんの害もねぇ動物だぜ』

「だってさ。この子は悪くないよ、ライト、マリア」

「…………」

「…………」


 ライトとマリアはお互い顔を合わせ、すぐに逸らした。


「……わかったよ。で、どうするんだ?」

「とりあえず、一緒に連れて行くよ。なんだか懐いてるし、可愛いしね」

「……リン、あなたって博愛主義なのね」


 ためしにライトは左手を子狼に近付けた。


『がるるるるっ!』

「おっと。はははっ、さすがに自分を殺したやつの顔は覚えてるか」


 子狼は、ライトに噛みつこうと牙をガチガチさせた。マリアに関しても同じで、リン以外には懐いていないようだ。


「ちゃんと世話しろよ」

「わかってるよ。名前はマルコシアス……じゃあダメだよね。オス、メス……うん、この子はマルシアにしよう。マルコシアスをもじって、マルシア!」

「……別に、好きにしろよ」

「ふふ、可愛い」


 祝福弾が回復するまで休憩し、リンを連れて岩石地帯から一気に飛び立った。

 検証のつもりはなかったが、マリアにリンを抱きしめてもらい、リンだけに触れて空を飛んでみたら、マリアに誓約の苦痛はこなかった。

 誓約に関しての境界線は曖昧である。

 ライトも、木の棒を持つ事はできるが、構えを取ったり剣のように振るうと激痛が走る。

 とりあえず、馬車の元まで戻って来た。


「そういえば……マルコシアスを討伐しちゃったけど、どうしよう」

「放っとけ。別に俺らが倒した証拠はないだろ」

『きゃうん!』


 ライトは、足下で尻尾を振る小さな黒狼を見るが、この小さな狼がマルコシアスだなんて気付くやつは皆無だろう。

 それより、今回の件は教訓になった。

 ライトとマリアは、マルシアを抱いてモフモフしてるリンに向き合う。


「ん~もふもふ。かわいい」

「リン」

「リン」

「ふぇっ? な、なに?」


 マルシアをモフってる瞬間を見られて恥ずかしかったのか、リンは赤面して2人を見る。

 

「今回の件、自分勝手すぎた……悪かった」

「ごめんなさい、リン。身勝手なことばかりして」

「……ど、どうしたのよ、2人とも」


 今回の件は、慢心と油断から起きたことだ。

 ちゃんと情報収集すれば、マルコシアスの情報があったかもしれない。慢心なく挑めば、影の対処もできたかもしれない。そして、リンが危険に晒されることもなかったかもしれない。

 だから、ライトとマリアは反省した。

 ちゃんと謝罪し、もう慢心も油断もしないと誓う。


「そういえばさ……マリアもライトも、名前で呼び合ってたよね?」

「…………」

「…………」

『きゅうん?』


 互いを見て、リンを見た。


「そうだったか?」

「そうだったかしら?」

「……ふふっ」


 素直じゃない2人は、同じタイミングですっとぼけた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ライトたちは、ワイファ王城に戻る道を進んでいた。

 空が少しずつオレンジ色に染まり始め、あと1時間もしないうちに日は沈むだろう。

 ワイファ王国までは戻れないが、せめて近くまで進もうと馬車を走らせていた。


「……」

「それ、新しい祝福弾?」

「ああ」


 手綱を握るリンは、ライトが手に転がしていた黒い祝福弾を見る。

 薬莢に刻まれている文字は『神喰狼フェンリスヴォルフ』。神を喰い殺す狼という意味だ。


『ケケケッ、強い祝福弾だぜぇ?』

「ああ。ありがとな、カドゥケウス」

「……ライト、カドゥケウスとも仲良くなってるね」

「そうか? まぁ……少し、余裕が出てきたのかな。今までは軽率な行動も多かったし、これからはもっと上手くやれるようにがんばるよ」

「ん、そうだね……」


 それはつまり、勇者レイジたちを殺すという意味なのだが……。

 リンは少しだけ表情を暗くし、オレンジ色の空を見上げて────────。


「ライト、レイジのことだけど────────」


 前方から、豪華な装飾の馬車が走ってきた。

 馬車はライトたちの馬車の行く手を阻むように停まる。


「……なんだ?」

「え────────」


 リンは、見覚えがあった。

 この馬車は、ファーレン王国が所有する王族専用馬車。

 そして、馬車のドアがゆっくり開き────────。






「見つけたぜ! 魔刃王の生まれ変わりライト! それとリン!」

「……レイジ、どうして止まって名乗ったの?」

「バカ、こういうのは雰囲気が大事なんだよ、ふんいき!」






 忘れもしない、憎いおちゃらけた顔。

 あまり感情を出さないが、可愛らしい女の子。





「れ、いじ……せえれ」

「リン、久しぶりだな。言いたいこといろいろあるけど、お前を連れて帰るぜ!」

「あ────────」





 ゾワワワワワワワワワワワワワワワ……と、リンの全身が粟だった。

 恐る恐る隣を見ると……。






「カドゥケウス……装填」

『相棒、いい顔してるぜ……惚れちまいそうだ』





 ライトが馬車の手すりを握りつぶし、怖いくらいに歪んだ笑みを浮かべていた。

 リンはライトを止めようと手を伸ばすが、百足鱗がリンの腕を拘束する。


「止めなさい……殺されますわよ」

「……っ」


 ライトは、もう止まらない。誰にも止められない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る