第58話・【暴食】&【色欲】vsマルコシアス②
ライトの放った銃弾は、マルコシアスの耳を僅かに削っただけだった。
「へっ……硬化!!」
『ッ!?』
だが、効果は発揮される。
マルコシアスの身体が岩のように硬直し、動くことができなくなった。
もちろん、ライトとマリアはその隙を見逃さない。
「オラオラオラァぁぁぁっ!!」
「削れて悶えなさぁぁいっ!!」
銃弾と百足鱗がマルコシアスに向かって飛ぶ。
ライトは装填した全弾を頭に向かって、マリアは背に生えた二本の百足鱗の形状を茨のように変化させ、背中から心臓を狙って撃ち出した。
だが、最強最悪の魔獣は、そう簡単にやられない。
『グゥゥゥッ!! ガルァァァァァッ!!』
「なっ!?」
マルコシアスは、『硬化』の効果を自力で打ち破ったのだ。
ライトの祝福弾の効果を、マルコシアスの地力が上回った。
『ウウゥゥゥォォオオオオオオオオォォォォォッ!!』
「っぐぅぅっ!?」
「きゃぁぁっ!?」
未だ空中のライトとマリアは、マルコシアスの咆哮だけで体勢を崩した。
銃弾と百足鱗も咆哮の衝撃波で叩き落され、浮遊の効果が切れた二人は地面に投げ出される。
でも、今度は目を逸らさない。
「装填!!」
『おう!!』
近くの岩を摑み、弾丸を補充する。
「リン、無事ですか!? リン!!」
マリアは、背中から三本の百足鱗を出しながらリンを呼ぶ。もちろん、マルコシアスからは目を離さない。
マルコシアスは唸り声をあげ、全身の毛を逆立てていた。
「…………とんでも、ねぇ」
『相棒、どうすんだ? このバケモノかなり強ぇえぞ』
「わかってる。正直なところ、リンを回収して逃げたいけど……」
ここは、単なる巨岩が集まっただけの岩石地帯。マルコシアスは人間が出られないような地形を選んだのだろうか。出口らしい出口は見当たらない。
それに『浮遊』の祝福弾は使ってしまった。次に使えるまで一時間はかかる。そんな時間をこの黒狼が待っててくれるわけがない。
討伐隊は最初の岩場に向かうだろうし、助けも期待できない。
つまり……。
「こいつを倒さなきゃ、逃げられない」
『ケケケケケケケケッ、進退窮まるってやつか? 嫌いじゃないぜ、そういう土壇場』
「俺は嫌いだっつの……ったく、勇者を殺すために戦ってるのに、とんだ寄り道だぜ」
手持ちの祝福弾は爆破、液状化、強化、調理師、重量変化の五つ。
第二階梯は使用可能。だが、両腕に負担がかかるし、なにより当てられるかわからない。マリアと戦った時は動かない的だったからまだしも、この狼に当てるのは難しい。
「…………」
ライトは思考する。
全身の毛を逆立てて唸るこの巨大な黒狼を倒さなくては、生きて帰れない。
勇者たちを殺すために、こいつを殺す。
「おい……何か手はあるか?」
「単純に考えて、足止めして大きなのをぶつける。あなたの第二階梯ならミンチにできるのではなくて?」
「そうかもな。でも、こいつの反応速度じゃ銃弾を躱される。不意を突いた一撃でもギリで躱したくらいだ。足止めさえできれば……」
「なら、わたしにお任せを」
「え?」
マリアの背中から生える三本の『百足鱗』がバガッと開き、茨のような状態でグネグネと動いた。
「第三階梯では動きが鈍いので、このままやらせていただきますわ。動きを止めたら大きいのをよろしくお願いします」
「……わかった」
ライトは祝福弾を装填する。
そして、マリアがマルコシアスに向かって飛び出した。
「さぁさぁワンちゃん!! わたしと踊りましょおぉぉぉぉぉぉっ!!」
『グォォォォォッ!!』
百足鱗がマルコシアスに向かって飛ぶが、難なく回避される。
そして、マルコシアスの前足の爪がマリアを狙って振るわれるが、マリアは三本目の鱗を蜷局に巻いて盾のようにして防御。
「っぐぅっ!? なんて力……ッ!!」
バラバラと歪な羽が盾からこぼれる。
マリアは右手に百足鱗を巻き付け槍のようにして、前足を振りかぶるマルコシアスの逆サイドに向かって飛ぶ。
「奥の手……四本目ですわ!!」
右手の槍、左手の蜷局に巻いた盾、そして三本目と、奥の手である四本目。
三本目と四本目を足のように使い、マルコシアスの逆サイドに一気に回り込んだ。
そして、マリアはしっかり見た。
「……ッ!! やはり、影」
マルコシアスの姿が、自らの影に一瞬で沈んだのを。
トプン……と、静かに、音もせずに消え、影だけがマリアの背後に移動したのを。
そして、それを見たマリアは、全力で叫んだ。
「
マリアの背後に現れたマルコシアスの身体が、ガクッと落ちる。
『ッ!? グゥゥッ!?』
それもそのはず、マルコシアスの後ろ脚がドロドロに溶けてなくなっていたのだから。
いつの間にか消えていたライトが、岩陰からマルコシアスの足を狙って祝福弾を放ったのだ。
気付いたときにはもう遅い。
「しゃぁぁっ!!」
『ッグォォンン!?』
マリアは三本目と四本目を背後に、適当に突き出した。
百足鱗はマルコシアスの胸と前足の一本を削る。見なくても背後に現れるということはわかった。つまり、適当に打ち出せば当たる。
『グォォォォォォォォンンンンッ!?』
出血と痛みでうずくまるマルコシアス。
岩陰から飛び出したライトはマリアに向かって叫んだ。
「
「ええっ!!」
マリアの隣に立ったライトは、カドゥケウスを構えて叫ぶ。
「行くぞカドゥケウス、
『おうさ!! 第二階梯、『
「サポートはお任せを!! っぐぅぅぅッ!!」
ライトは両手でガトリングガンを持つ。するとマリアの百足鱗がライトの両腕に巻き付き、まるでギプスのようになる。
それだけじゃない。百足鱗の一本が地面に深々と突き刺さり、四本目が動こうとしたマルコシアスを拘束した。
「さぁ!! 今のうちに!!」
「ああ、ありがとよマリア!! 喰らいやがれぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一秒間に数百発の銃弾がガトリングガンから吐き出され、マルコシアスの身体を遠慮なく貫いていく。
『グガ、ッグガガガ!? ギャギッ!? ギュガガガガガッフ!?』
マルコシアスの身体が跳ね、全身に穴が空いていく。
本来なら、マルコシアスの能力は恐るべきものだ。これほどの巨体が影の中を自在に潜ることができるし、爪や牙による奇襲は防ぐことはまず不可能だ。
だが、大罪神器という能力の前では、多少厄介な敵に収まった。
ライトとマリアというコンビに、マルコシアスは出会ってしまったのである。
銃撃が止み、ライトはガトリングガンを拳銃に戻す。そして、一発の祝福弾を装填して、静かに構えた。
「蓋を開ければ、大したことなかったな」
今度は油断でも慢心でもない。事実を告げた。
そして、銃声が響き、マルコシアスの頭が爆発して吹き飛んだ。
爆破の祝福弾によるトドメは、マルコシアスの命を完全に止めたのであった。
戦いが始まって約3分、決着は思いのほか早かった。
◇◇◇◇◇◇
「リン!!」
「マリア……」
「ああ、リン。心配をしましたわ……」
「ん……ごめん。それと、ありがとう」
マリアは、リンに抱き着いたが……すぐに渋い顔で離れた。
「ま、マリア?」
「…………ぅ、り、リン。少し生臭いですわ」
「あ……」
リンは、マルコシアスに咥えられていたおかげで涎まみれになり、しかも恐怖で失禁したせいで下着も酷いことになっていた。
顔を真っ赤にしたリンは叫ぶ。
「あ、アク・フォールッ!!」
すると、リンの真上に魔方陣が展開され、そこから滝のように水が落ちてきたのである。
リンは水浸しになるが、どこか気持ちよさそうに見えた。
「ふぅ……スッキリ。ライト、ライトもありがとうね」
「あ、ああ」
水でビシャビシャのリンは笑顔で言うが、ライトは苦笑した。
そして、待ちきれんとばかりにカドゥケウスが言う。
『相棒相棒、早くメシ喰わせてくれよぉ!!』
「わかったわかった。カドゥケウス、食事の時間だ」
ライトは左腕の袖を巻くり、漆黒の左手を露出させる。
そして、頭部が消失したマルコシアスの死骸に向けて手を伸ばして摑んだ。
「
『いっただっきむゎぁ~すっ!!』
ゴクンゴクンと、左腕にマルコシアスの身体が飲み込まれていく。
死体の時は感じなかったが、なかなかグロい光景にライトたちは顔をしかめる。
すると、カドゥケウスが。
『うぅん、濃縮された恨みと殺意のスパイスに、人間とはまたちがう野性味あふれたワイルドなお味……美味い!! 美味いぞ相棒!!』
「はいはい。さっさと完食して祝福弾を頼むぞ」
『おう!!』
まだまだマルコシアスの身体は残っている。
半分ほど飲み込んだところで、カドゥケウスの様子が変わった。
『うっぷ、そろそろ腹ぁいっぱいになってきたぜ……こんな質量を喰ったの初めてだし、少しきつくなってきた……』
「お、おい。大丈夫か?」
『お、おぉ……へへ、この【暴食】のカドゥケウス様が喰い残しだと? 冗談じゃねぇ!!』
マルコシアスの身体は、残り三分の一。
『…………っぷ』
「おい、無茶すんな!! 満腹なら残せよ!!」
『い、いやだ……』
マルコシアスの身体は、ようやく左腕によって喰い尽くされた。
同時に、ライトの左手に漆黒の祝福弾が生まれる。
「おお、『
『…………』
「カドゥケウス?」
『…………ごめん相棒』
「え?」
すると、ライトの左腕がビチビチと痙攣し始めた。
「ちょ、カドゥケウス!? なんだこれ!?」
「ら、ライト、なんかビチビチしてる!!」
「……気持ち悪いですわね」
『あははははっ!! あっははははははっ!!』
リンが慌て、マリアが気持ち悪そうな目でライトを睨み、シャルティナは爆笑していた。
ライトの意思では左手を制御できず、抑えることしかできない。
そして。
『う、っぼぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
「こ、このバカ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
カドゥケウスは左腕から黒い塊を吐きだした。
黒い毛玉のような、小さな何かだった。
『うっげぇ……喰いすぎたぜぇ』
「このバカ!! 吐くくらいなら『きゅうん?』
すると、ライトの足下から可愛らしい声が。
「あ?……な、なんだこれ?」
『くぅん?』
なんと、カドゥケウスが吐き出した黒い塊は、子犬ほどの大きさの黒い狼だった。
まさかの結果にライトは、リンは、マリアは仰天する。
「お、おいこれ、まさか……」
「ま、マルコシアス、よね?」
「ど、どういう? というか、子狼?」
『あらら。どうやら、カドゥケウスの食べ残しみたいねぇ……』
『恨みや殺意の成分はオレが喰っちまったからなぁ。要は喰いカスだな』
『きゃうん!!』
ライトたちは、お互いに顔を見合わせた。
さて、こいつをどうすればいいのだろうか?
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