第24話・祝福弾

 数日後、馬車は領土国境の町に到着した。

 ライトとリンは馬車から降り、傭兵のリーダーと向かい合う。


「改めて、助けてくれて感謝する」

「いえ、私たちもお世話になりました」

「ああ。では、これで」


 傭兵たちは、馬車と一緒に去っていった。

 残されたライトとリンは、これからのことを話す。


「まず、宿を取りましょう。馬車じゃなかなか話せない内容ですし」

「…………」

「それに、これ・・の話も聞かないと」


 リンは、布で包みロープでがんじがらめにしてゴミのように扱っている物の地面に投げた。


『おいおい、もうちょっと優しく扱えっての!! つーかこの布切れ外せ!!』

「駄目よ。あなたみたいな不気味ギフト、むき出しにしておくのは危険だからね」

『だーから『祝福ギフト』じゃなくて『大罪シン』だっての!! 胸糞悪い女神どもと一緒にすんな!!』

「その辺のことも聞かないとですね。行きましょうライトさん」

「…………」

『こ、こらこら嬢ちゃん!? オレを引きずって歩くんじゃねぇ!!』


 カドゥケウスの言葉を無視し、リンとライトは歩き出す。


「確か、宿が近くにあったはず」

「……知ってるのか」

「はい。魔刃王討伐の旅をしてましたから、ある程度の地理は」

「…………」


 しばらく歩き、到着したのは一軒の宿屋だ。

 町の中央から少し外れた場所にあり、大きさも宿では中堅クラスだろう。

 二人は宿に入り、受付を済ませる。


「え、ええと……ライトさん、お部屋は、その……お、お金も無駄にできませんし、い、一室で……」

「どうでもいい。さっさとしろ」

「は、はい」


 一部屋分の料金を払い、二階の角部屋に案内された。

 部屋に到着するなり、リンは靴を脱いでベッドに座る。


「はぁ~……お風呂入りたい」


 角部屋だが、なかなか広い。

 シャワートイレ付で、窓を開けると隣の建物の壁が見える。日当たりは最悪だが仕方ない。

 リンはカドゥケウスの封を開け、テーブルの上に置いた。


「じゃ、お話を聞かせてもらおうかな」

『いいぜ。つってもオレは頭が悪いからな、あんまり根掘り葉掘り聞かれてもわかんねーぞ』


 ライトは、テーブルに近づきカドゥケウスの銃身に手のひらを叩きつけた。


「お前の呪いを解く方法は」

『ない』


 即答だった。

 ライトの顔が歪み、叩き付けた手のひらにゆっくり力が入る。


『何度も言うが、選んだのは兄弟だ。力を求めた兄弟はオレと契約した……今更、必要ないから手放すってのは卑怯だぜ?』

「卑怯? 卑怯だと!? あんなふざけた対価」

『オレは言った。最も大事なものを対価にするってな。拒絶することもできた、でも兄弟はオレを掴んで契約した。どこが卑怯なんだ?』

「このっ……」


 ライトは、拳を握って振りかぶる。


「やめてください!!」

「うるせぇ!! こいつのせいで剣が……」

『ったく、喚くんじゃねぇよ兄弟。さっきから聞いてりゃガキみてーにピーピーピーピーやかましいんだよ。力を望んだくせに対価にビビって手放そうとする、命の恩人のオレや嬢ちゃんに当たり散らす。そんなクソガキに何ができる? 復讐? そんな大それたことできるわけねぇ。仮に城に戻ってカチコミかけたとこで、勇者どころか名も知らねぇ雑魚騎士その1に斬られておわりだろうさ』


 意外と饒舌なカドゥケウスにここまで言われ、ライトは逆上した。


「お前に何がわかる!! 父さんやレグルス、ウィネ……みんな、みんな殺されたんだぞ!!」

『そりゃ知ってるさ。その3人のギフトはオレの腹の中にあるからな』

「え……」

『弾倉を見てみな。その3人の『祝福弾ギフトバレット』が装填されてる』

「…………?」

「あ、あの、私が見ます」


 リンは、ここで初めてカドゥケウスをじっくり見た。

 大型拳銃だと思っていたが、どうやら大型の黒い『回転式拳銃リボルバー』らしい。回転式弾倉シリンダーを抑えているレバーを引くと、カチャッと縦に折れた。

 弾倉には、3発の銃弾がセットされている。


「これ、ですよね。わぁ……リアルな拳銃、初めて触ったわ」

『それが『祝福弾ギフトバレット』だ。オレの能力の一つで、喰らったギフトを弾丸にすることができる』

「へぇ~……」


 リンは、手のひらに弾丸を乗せてコロコロさせる。


「これが……父さんと、レグルスとウィネ」

『そうだ。正確にはギフトだけどな』

「…………」


 リンから弾丸を受け取り、ライトは握りしめる。


『兄弟。何度も言うがオレを使え。対価を支払ったのも、戦うことを決めたのも兄弟だ。オレを呪いと言うなら言えばいい、でもな……剣を握れない以上、オレを使わないと兄弟は死ぬぞ』

「…………もう、剣は握れないのか」

『ああ。言っとくが、悪いなんてオレは思ってねぇぞ』

「…………わか、っ……た」


 ライトは、力尽きたようにベッドに座った。

 手には、父と親友の魂が籠った弾丸がある。


「ライトさん、これからどうするんですか?」

「決まってる。ファーレン王国に戻って母さんを助ける。こんなことは考えたくないけど……たぶん、城に捕まってるはず」

「……そうですね。おそらく、ライトさんに対する切り札として」

「…………」


 ライトもリンも、わかっていた。

 ライトの母は、すぐには殺されない。得体の知れない力を使い、リリカを無力化したライトは、勇者パーティーに対する脅威として見られたはず。

 殺すのではなく、人質……ライトは再びファーレン王国に戻ってくるだろう。その時に使える。


「と、考えてますね……アルシェならそうする」

「アルシェ……勇者の一人か」

「はい。パーティーの頭脳でした」

「まずは、そいつを殺すか。頭を潰すのは定石だ」

「……は、い」


 ライトは、リンが躊躇っているように見えた。


「おい、ここからは俺の復讐劇だ。付き合う必要はない。金を持ってるならそれで遠くに逃げろ。勇者パーティーとして旅してたなら、匿ってもらえるような伝手くらいあるだろ」

「え……」

「俺はファーレン王国に戻る。ギフトも持たないお前じゃ足手まといだ」

「…………」


 ライトは立ち上がり、カドゥケウスを摑んだ。


「じゃあな」

「…………」


 そう言って、部屋から出ようとした。


「ライトさん」

「あ? っつぉ!?」


 振り返ると同時に、リンは素早くライトを足払いして転倒させ、一瞬で剣を抜いてライトに跨る。

 この間1秒……全く反応できなかった。


「はっきり言います」


 ゾワァ……と、ライトは怖気を感じた。


「私、あなたの数十倍強いです。元勇者だけど、聖剣だけが力じゃありません」


 リンの目は、冷たい殺意に彩られていた。

 同い年の少女とは思えない、戦いに明け暮れた歴戦の兵士。


「魔刃王討伐の旅は、町で語られるような綺麗な話ばかりじゃありません。薄汚い金にまみれた悪徳領主を成敗したり、亜人の戦争に介入して武力行使したり、魔刃王の側近との戦いでは何度も死を覚悟しました」


 よく見ると、リンの手は震えていた。


「でも……私は戦いました。勇者として戦いました。人々を救うために戦いました」

「…………お前」

「本当は戦いなんてしたくなかった……でも」


 リンは、剣を降ろして微笑む……目に涙を浮かべ。


「私、とってもお節介なんです。戦いなんて嫌い、だけど……誰かが傷つくのはもっと嫌い。助けたあなたが死にに行くのを、黙って見過ごすなんてできません」

「……俺は、勇者たちを殺すぞ」

「はい……」

「矛盾してるぞ……」

「わかっています。でも……あなたが死ぬのはダメです」

「はぁ?」

「ええと、よくわかんないですけど……とにかく、死ぬのはダメです!」

「殺すのはいいのかよ?」

「それは時と場合によります!!」

「バカかお前?」

「……わかりません」

「つーか降りろ」


 リンをどかし、ライトは立ち上がる。

 ボリボリと頭を掻き、目の前にいる意味不明な少女に言う。

 

「とにかく、邪魔だけはするな。あとは勝手にしろ」

「はいっ!!」


 ライトは、リンを完全に信用したわけじゃない。

 でも、戦力的には使える。そう思い放置することにした。


『よぉよぉ、終わったか?』

「…………」


 カドゥケウスを再び紐で結び……。


『ちょ、チョーっと待った!! 紐なんかで結ぶなって!! ガンベルトとかないのかよ!?』

「やかましい。いいか、お前を信用したわけじゃない。どんな力があるにしろ、俺から剣を奪った呪いを解くことは諦めてないからな」

『往生際が悪いねぇ……まぁいいけど』


 やることはたくさんある。

 だが、まずは最初に……。


「ライトさん、まずは食事にしませんか?」

「…………ああ」


 空腹を、満たすことにしようか。

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