第22話・カドゥケウスの対価
二の腕ほどの長さの黒い筒に、取っ手の付いた妙な物体。
俺の記憶に間違いがなければ、この筒から黒い塊が出た。勇者レイジに両断されたけど。
足元の黒い筒を睨みつける。
『おいおい、オレと契約しておいてその目はなんだよ? 兄弟』
「…………」
「ライトさん、これって……ライトさんの《ギフト》ですよね? しゃべるギフトなんて聞いたこと……」
『おジョーちゃん、オレは《
「え、えぇと……ライトさん」
「行くぞ。こんなの放っておけ」
「え、ちょっと!?」
俺は筒を無視して歩き出す。
まずは国境へ向かい、リンの金で装備を整える。そのあとはリンを撒いて、ファーレン王国に殴り込みだ。
それと……母さんを助けないと。
『ちょ、おいおい兄弟そりゃないぜ!? オレと契約したじゃねぇか!?』
「リン、町までの道はわかるか? 案内しろ」
「は、はい。でもライトさん、これ」
「……」
「あ、ライトさん!!」
俺はリンを無視して歩き出す。
こんな筒どうでもいい。確かに力を望んだが、こんな得体の知れない力なんて必要ない。
『おーい!! マジで置いてくのか!? おーいっ!!』
筒の声が聞こえなくなるまで、俺たちは歩き続けた。
◇◇◇◇◇◇
数時間後。
森を抜け、ようやく広い道に出た。
ここから国境まで一本道。ファーレン王国から出たことのない俺だが、そのくらいはわかる。
「ここからまっすぐ行けば国境の町です。まずはそこまで行って、これからのことを話しましょう」
「……………」
これかこれからのこと?
そんなの決まってる……勇者レイジの内臓を引きずり出して殺す。
それだけじゃない。リリカとセエレ、アルシェとかいうクソにアンジェラ姫……全員殺してやる。ファーレン王国なんて滅ぼしてやる。
「……ライトさん」
「なんだよ」
「怖い顔、してます」
「だから?」
「…………」
リンを無視し、歩き出す。
日の傾き具合から、昼を回ったところだ。数時間も歩けば日が暮れるだろう。
数日は野営か。さっきの森でリンカを持てるだけ持ってくればよかった。
「……あの、私の提案、聞いてくれます?」
「……………」
リンは、俺の隣に立ちぼそぼそ言う。
「実は……東西南北の四か国は、ファーレン王国を良く思っていないんです。その四か国の協力が得られれば、レイジを玉座から引きずり落とすことができるかも」
「…………?」
「魔刃王討伐にファーレン王国が乗り出したのは、東西南北の四ヵ国に対して優位に立つため。つまり、東西南北の四ヵ国と、その中心にあるファーレン王国が、この世界の中心であると見せつけるためなんです。魔刃王を討伐した勇者を国王に添え、東西南北四ヵ国をいずれ支配下に置く。そういう思惑があると私は思います」
「…………」
「現に、魔刃王の討伐は四ヵ国に知れ渡り、四ヵ国の民衆の間でレイジはヒーローになりつつあります。国は民衆あっての国。国民がレイジを認めれば、それだけで国はレイジの存在を認めたようなもの……魔刃王の脅威は、それほどのものなんです」
「…………」
「たぶん、レイジの即位はこの大陸中に広がるでしょう。民衆の支持もふくらんで、もしかしたら大陸統一なんてことに。それにあのバカ、挙兵して国を獲るなんて言い出すかも」
「……で? 国中を回って勇者レイジの悪評でも広めようってのか?」
「……」
どうやら、そこまでは考えていないようだ。
東西南北の四ヵ国がファーレン王国を嫌ってる、そういう話は聞いたことがある。
魔刃王を討伐したファーレン王国に戦争をけしかけるようなことはないが、服従することはありえない。でも、魔刃王討伐という功績をあげた勇者レイジが国王なら?
勇者レイジが、四ヵ国を手に入れるために戦争でも引き起こしたら?
「レイジが王になっても利用されるだけです。戦うことと遊ぶことしか考えてないバカ、レイジの後ろにはファーレン王国の貴族や宰相がいるに違いない。私を追い出せたのは運がよかったと思ってます」
「…………さっきからお前、何が言いたいんだ?」
「レイジは、殺されても仕方ないと思います。でも……ファーレン王国に罪はありません」
「ある。勇者召喚なんてやったファーレン王国が諸悪の根源でもあるんだ。滅んだっていい」
「…………」
「ゴチャゴチャ言うのはいいが、これだけは言う。勇者レイジは殺す。必ずな」
「…………はい」
それっきり、リンは黙った。
何が言いたいのかさっぱりわからなかった。まるで俺をファーレン王国から遠ざけようとしてるみたいだ。
四ヵ国とか、ファーレン王国とか、そんなの関係ない。
父さんを、レグルスとウィネを、俺の大事な人を殺した勇者レイジとその仲間だけは、絶対に許さない。
俺は、大事なことを見落としていた。
◇◇◇◇◇◇
それは、突然現れた。
「ライトさん、あれ……」
「ん……」
街道の前方に、二台の馬車があった。
ただの馬車なら別にいいが……様子がおかしい。
「まさか……ライトさん、魔獣に襲われています!!」
「……チッ」
馬車は、魔獣に襲われていた。
大型犬よりもさらに大きな犬……ガルムだ。数は10匹以上。馬車の護衛は5人、内3人が負傷している。どうやらかなり劣勢のようだ。このままじゃ殺されるだろう。
「助けます!!」
「……わかった」
俺とリンは、馬車に向かって走り出し、戦場に割り込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「だ、誰……」
「味方です!! 手伝います!!」
「た、助かる!!」
護衛たちは、安堵していた。
ガルムなら、騎士の野外演習で何度か戦った。群れで動くから数が多いけど、単体の戦力は低い。
元勇者のリンと俺なら、対処できる。
よし、落ちている剣を借りて戦おう。
「借りるぞ」
「私もお借りします!!」
リンはショートソードを取り、俺はロングソードを────────。
ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイィィィイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンンンンンン!!!!!!!!!!
「ぐぎぃあがぃぁぁぁぁぁぁぁっぃぎゃあぁかっがぁぁっ!!!!!?????」
剣を摑んだ瞬間、気が狂うような痛みが全身に降りかかった。
『おいおい、忘れたのか?』
いつの間にか、足元に転がる黒い筒。
胸糞悪くなる声が、楽し気に告げる。
『対価を支払っただろう?』
なぜ、ここに黒い筒が。
俺は剣を手放し、膝をつく。
『お前が払った対価は『剣』……つまり、お前は金輪際、『刃物』に触れることはできない』
黒い筒は、嗤う。
『だから────────、オレを使え、兄弟』
この日────────俺は剣を失った。
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