第2話 デスパシート Despacito

エロスは好きですか?


 せっかくの三猿なので、次は音楽について書いてみたい。


 といっても、僕は音楽のことはからっきしで、ただミーハーな具合で好きなだけなので、間違ったことを言っても許してほしい。しかも、僕はよく嘘をつく。嘘というか、思い込みが激しいだけで悪意はないので、厳密に言うならば事実と反する発言をよくする。だから、ここで僕が書くことは、まあ話半分(嘘半分)に聞くくらいがちょうどいいです。あしからず。


 さて、この間、知人と話していて驚愕の事実を知った。

 その知人は、音楽を聴くのは好きなのだが、歌詞は正直どうでもいいと言う。「というか何言ってるのかわからないことも多いし」と彼は言っていた。僕はその時、知人の顔を「巨人の星」の親父さんよろしく拳骨で殴り飛ばしそうになった。


「馬鹿野郎っ。歌詞ライムがなきゃ、歌じゃねぇだろうがっ」


 気分はすっかり渋谷の路地裏にたむろしているラッパーの卵である。


 僕にとって、歌の歌詞は、旋律メロディや声と同じくらいの重みがある。それらより重いこともあるくらいだ。歌はいいけど、歌詞がだめで聞かなくなった曲はいくらでもある。


 今じゃ、スマホのストリーミングで音楽を聞けば、賢いAIが勝手に歌詞を画面上に出してくれるが、昔はそうじゃなかった。CDがあればCDを買うなり借りるなりして(CDレンタルってありましたね)、歌詞カードをコピーしたり、手書きで写したりした。ラジオやテレビで流れているもので、販売されていないものは、それを録音して繰り返し聞き、歌詞を書きだしたもんだ。


 苦労して入手した歌詞カードを眺めながら、僕は思った。


 歌の歌詞ってポエムなんだ。

 それを素敵な声の持ち主が旋律や節をつけて歌いあげるんだから、心に響かないわけはない。本来的に、詩は声に出して読むもの、というのが僕の持論である。


 便利な社会になって、歌詞カード探しや聞き取りはせずに済むようになったけど、まだ困ることがある。それは外国の歌だ。


 曲もある、歌詞もある。しかし、意味が分からない。

 訳せばいいじゃんと簡単に言うなかれ。歌というのはポエムなので、文法は無視しているし、スラングもたくさん使っている。それを、意味を取った上で、しかも耳に心地よい日本語の詩に仕上げることは、俳句を英語にするくらい難しいのだ。完全にお手上げだ。小憎らしい外国語歌曲のために、幾度、ライトハウス(中学校でもらった英語辞書)を枕に朝を迎えたことだろう。


 叩けよ、さらば開かれん。

 救いを求める者には、救いの手が必ず差し伸べられる。

 捨てられれば、拾ってくれる神様がいるのだ。


 そうして僕は「およげ!対訳くん」と出会った。


 「およげ!対訳くん」は、奇特で語学に堪能な著者(サイト運営者)が、1日1曲というかなりの頻度で、英語の歌詞を和訳して発表しているサイトだ。気に入った曲をちょいちょい和訳して(しかも結構いい加減に)ブログに載せちゃったりする人は結構いるが、ここまで突き詰めた「対訳」を、しかもこの数量と頻度で行っているサイトは、多分他に類をみないと思う。

 勿論、ひとつの言葉は複数の意味を持つので、対訳は、その真意を推し量る作業でもある。その意味においても「対訳くん」は大変レベルの高い成果物をあげていて、それを何年もひたすらアップし続けるとは、本当に奇特な人だなぁ、と拝みたくなってしまうわけだ。

 「継続は力なり」とは、僕の大好きな言葉で、同時に、実践することが困難という意味で苦手な(耳に痛い)言葉でもあるけれど、「対訳くん」にはこの言葉をあげてもよいのではないだろうか。僕の言葉ではないので、偉そうには言えないけれど。


 そんな次第で、気になった英語の曲を見つけると、まずこのサイトで検索して、歌詞を見てしまう。そこには、問題を出されて先に解答を見る、ミステリーを後ろから読む、というような背徳感が少なからずある。とにかく、これが僕のルーティンとなった。


 枕が長くなりすぎたが、ここからが本題だ。すでにダレてしまって鼻をほじっている人は気合を入れ直してほしい。


 ここに、ジャスティン・ビーバーという少年がいる。少年というか、かつては少年だったが、今は全身タトゥーだらけの立派な青年だ(たぶんもうすぐおっさんになる)。


 ビーバーが誰だか分からんという方は、人気海外ドラマの「glee」シーズン2のビーバー・フィーバーの回をご覧いただきたい。見るのは面倒だ、と言う方に概要をご説明すると、こんなイメージだ(記憶が曖昧なので完全にイメージです。)。

 ウィリアム・マッキンリー高校グリー部所属のサムは、つきあっている移り気な美女クインの気持ちを釘付けにしたい。グリー部らしく、歌でクインのハートを射止めようと頭を悩ましている。

 あることを思いついたサムは、効果のほどを試すために、そこら辺の女子高を訪れ、彼女たちの前でギグをする。特異な髪型(モップのように頭を包み込むことからモップヘアと呼ばれている。)で現れたサムがギターを鳴らし「ベイビー、ベイビ、ベイビ、オー」とあの旋律を歌うと、女子高生たちから悲鳴が上がる。(え? マジで? こんなもんでいいの?)とやや信じられない気持ちで、もう一度「ベイビー、ベイビ、ベイビ、オー」と歌うサム。女子高生たちの狂乱度合いはさらに高まり、興奮した彼女たちにサムはもみくちゃにされてしまう。

 この実験の大成功を受けて、ビーバーの力を信じていなかったグリー部のほかの男子たちも、次の日には全員モップヘアになり、「ビーバー・フィーバー」を結成して、ジャスティン・ビーバーの歌を歌いまくって女子たちの視線を存分に釘付けにする。果たして、サムはクインの心を取り戻せるのか!?


 なんだか書いていてアホらしくなってきましたが、マジな話です。

 さて、そのビーバー君、嘘か本当か知らないが、12歳のときに自分で作った歌をストリートで歌っていたところ、それがスカウトされて大ヒット。あっという間にスターダムを駆け上がり、出す曲出す曲世界中で売れまくって、極貧から、一度履いたパンツ(カルバン・クライン)は二度と履かないミリオネアに成り上がったというアメリカン・アイドルの代表的存在です。


 さらに、このビーバー、自分が才能豊かなだけでなく、プロデュース力が半端ないことでも知られています。その良い例が「ピコ太郎」さんですね。ビーバーが「お、これイケてる」と言って発信すると、またたくまに世界中で大ヒットしてしまうわけで、その影響力はトランプさんを超えると言われている(あまり嬉しくない例えだが)。


 ビーバー青年が、最近フィーチャリングして、YouTubeの再生回数は60億回、ビルボードHot 100チャート1位の歴代最長タイ記録を樹立するミラクル・ヒットを飛ばした曲が今回ご紹介の「Despacito」だ。


 デスパシートは、プエルトリコ人(ウェストサイド物語)の歌手、ルイス・フォンシ氏が2017年にリリースしたシングルで、これを聞いたビーバーが「イケてる」といってフィーチャリングを申し出たのがきっかけだとか。ルイスさんにとっては、幸か不幸か、とんでもない男に目をつけられたものだ。


 ところで、米国のミュージシャンたちは、互いにディスり合うのが慣習なのか、このデスパシートも歌手仲間からひどい非難を浴びている。その中でもすごいのが「繰り返し聞いていると耳が性病になる」というもの。そりゃいくらなんでも言い過ぎじゃないか、と思っていたのだが、ある意味、そうでもないことに最近気付いた。あくまで、ある意味だけど。


 早速「対訳くん」のデスパシートの歌詞を見てみよう。これを見て、まず赤面しない人はいないんじゃないだろうか。


指と指の間から(静香ちゃんがよくやるアレだ)歌詞を舐めるように読んで、ひととおり堪能した後で、


(あ、俺、この間酔っ払って帰るときに、デスパシートを鼻歌で歌っちゃったよ。しかも、公道で。)


なんて青くなるかもしれない。


 でも僕は、歌詞を見てますますこの歌が好きになった。

 本当に、気持ちがいいくらいセクシュアルで、「あなたが噛んだ小指が痛い」的な後ろめたさはどこにもない。プエルト・リコの高い空や、深い海が、すごく似合うんじゃないかと思う。


 実際、最凶のスラムとして絶対行ってはいけない観光地ランキング常連だったプエルト・リコのラペルラ(最高級ランジェリーブランドと同じ名前)は、この歌のミュージック・ビデオの撮影地になったために観光客が40パーセント増えたらしい。皆んな、この歌を聞いて、こんな恋がしたくてラペルラを訪れるんだろう。その気持ちは分かる。

 例えそれが、夢だったとしても。


 最後に、対訳くんの歌詞を抜粋引用する前に、デスパシートを聞く場合は、フィーチャーリング、ジャスティン・ビーバー・バージョンで聞いてみてください。間に挟まれるDespacito(ゆっくり)の言葉は彼の声ですが、壮絶な色気です。


ゆっくりと

うなじに顔を近づけて,その匂いを吸い込んで

それからお前の耳元で囁いてやりたいよ

そうすればそばにいない時だって

俺のことを思い出すから

ゆっくりと

全身にキスをして、着てるもんをはぎ取りたいよ

迷路みたいなお前の体、その中に入って行って

紙にあれこれ書き込むように

自分のシルシを体中あちこちに残したい


お前を動かすリズムになって、

踊るように乱れてくその髪を眺めてたいし

キスでお前を虜にしたい

これ以上いったらアブナイところまで

徹底的にお前を責めて

大声を上げさせて

快感で自分の苗字も言えなくしたい


Despacito ゆっくりとね


どうでもいいこと

※ あえて選んだ話ではなかったけれど、二話目もまた自主レーティング(性描写あり)の対象になりそうだ。うーん、どうしてこうなったんだろう。

※ 本記事を書くにあたって、ラティーノの文化への愛が深いと思われる方の解説ブログを読んだ。その方によれば、デスパシートのセンシュアル(スペイン語でセクシュアルの意味)はただのエロではなく、ラティーノの文化なのだという。

僕はラティーノに詳しくないのでその点はよく分からないが、この歌の意味するところが、最中ではなく、それを想像して楽しくなりながら(または実際にそれをアピールしながら)意中の人をダンスに誘っているところ、つまり未必である、との解釈が素敵だと思った。










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