最終話「いつも貴方のそばにいるから」
街中に佇む時計を見れば七時を示していた。わたしはそのまま約束の公園へと向かう。
まだ晃の来ていない公園でのベンチに腰を下ろし、わたしは空を見上げた。大きな月が丸く浮かんでいる。その周りには月を見守るように無数の星が煌めいていた。
ドレスのままなにも羽織らず出てきたために肩が出ていて少し寒い。
まだだろうかと周りを見渡せば暗い中を走ってくる一つの人影があった。ベンチの傍に立つ街路灯の明かりを受け、ようやくそれが晃だとわかった。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかった。今日のドレス、とても似合ってる」
「ありがとう。前に晃がわたしには淡い色のドレスの方が似合うと言っていたから。母に頼んでみたの」
「そうだったんだ。とりあえず行こうか。ここだと目立ち過ぎるから」
「ええ」
昨日ぶりに言葉を交わしたはずなのに、まるで何日も何週間も話していなかったかのように新鮮で。今からすることは家族や九条さんを傷つけることだと知っていながらこの先のまだ見ぬ未来に心は弾んでいた。
晃に手を引かれ、歩き出そうとした時。
「待ちなさい。これは一体どういうことなの?」
確実にわたしたちへと向けられて放たれた言葉に晃が振り返り、わたしも同じように振り返った。そこにはドレス姿のままの九条さんが立っていた。悲しみからなのか怒りからなのかわたしたちにはわからなかったが、彼女は裾を強く握りしめていた。
「晃、池田さんとはどういった関係なの?」
九条さんはさらに強く力を入れて裾を握ると静かに感情を抑えて晃に問う。晃は九条さんに身体ごと向き合うと口を開いた。
「俺の愛する人だ。親が決めた形だけの相手じゃない。俺が選んだ、俺の大切な人だ」
彼女は晃の言葉に傷ついたように顔を歪ませ、口元を手で覆った。
「では結婚するというのは嘘だったの? わたくしを騙したというの?」
「そうでも言わなければ、あなたは俺を自由に外へ出してはくれなかったでしょう? だからです」
振り返り晃を見れば彼の瞳は彼女に対して軽蔑的な色を見せていた。細められた、こんなにも冷たい眼差しを見たのはいつ振りだろう。
「わたくしはただ、あなたのことを愛していただけなのに。わたくしのことを見て欲しかっただけなのに……それなのに、あなたは後から現れたその女の方が良いというの? わたくしを捨ててその女を取ると言うの?」
「そうです。俺はあなたと結婚する気などありません」
晃の言葉は初めて出会った時のように素直過ぎて相手を傷つけてしまうような言い方だった。それは少しばかり言い過ぎなのではないだろうかと、九条さんに同情さえしそうになる。
晃が言い切った瞬間、彼女は零れるように笑みを浮かべわたしを睨みつけた。
そしてどこに隠し持っていたのか、取り出した短刀を鞘から抜き去る。通常持っているはずのないそれを持っているということは、最初から使う気でいたということだ。
「ゆる、さない……許さないっ!」
彼女はそう叫ぶと短刀を構え、わたしへと突進してきた。
刺される。そう思った。けれどわたしの身体は咄嗟のことですぐには動かなかった。駄目かもしれない。そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、不意に人影が飛び出してきた。わたしの前に出てきたのは晃だった。
苦し気な声が前から聞こえてきた。九条さんも晃と向かい合ったままの状態で突然のことに目を見開いている。
直後、晃の身体がわたしと彼女の間で崩れ落ちた。倒れた晃に視線を落とせば、彼の腹部が真っ赤に染まり、止めどなく血が溢れていた。九条さんの持つ短刀にも同じように真っ赤な血がべったりと付着していた。
わたしは咄嗟にしゃがみ込み、晃の身体に触れた。ドレスの裾を力任せに引きちぎり出血箇所へと当てる。力を入れても傷口から流れる血は止まることなく、逆に溢れてくるばかりだった。
「晃っ!」
名前を呼べば彼は閉じていた目を薄く開きわたしを見つめてくる。
「はは……これじゃ、まるで、朝日奈先生の、小説じゃ……ないか……」
力のない声で彼が言葉を零す。わたしは思わず「黙って!」と声を荒げ、出血を止めるべく傷口を強く押さえた。けれどさっきから一向に止まる気配がしない。微かに開いていた晃の目も次第に閉じていく。
「晃っ、起きて! 目を開けて!」
わたしの必死な呼びかけに晃は小さく笑った。
「やっぱ、り……似合ってた、だろ……俺の、言った通り……きれ、い……だよ」
そう告げた瞬間、晃の身体が重くなった。
「晃?」
呼びかけても目を開けない。一ミリも動かない。わたしは目の前が真っ暗になったような気がした。
「何で……何で刺したの」
涙が零れそうになりながらわたしは彼女に問いかけた。
「刺すつもりは、なかったのよ。晃があなたを庇って……そうよ、あなたのせいで晃は死んだのよっ!」
開き直るかのように告げた彼女の言葉にわたしは立ち上がった。彼女に近寄り頬を叩く。そして彼女の手から短刀を荒々しく奪った。
短刀を片手に晃の傍に座り込んだわたしは自分の首筋に短刀の刃を当てた。
「愛してる。わたしもすぐそばに行くわ」
わたしはそう言い残し、首筋に当てた刃を滑らせた。遠くで九条さんの叫び声が聞こえたような気がした。
END
鳥籠に咲く花 成田 真澄 @narita-masumi
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