第5話「お父様」





 自室の本棚に朝日奈先生の本を順になるように並べる。もう一冊、カバンの中に入れていた彼からもらった「鳥籠に咲く花」も本棚へと並べた。


 この後すぐに夕食だから、その後に読もうと思い表紙は開かずに楽しみに取っておく。

 一階にある食堂へと行くとすでに母が来ていた。父はいつも必ず最後に来る。まるでわたしや母の行動を見張っているかのように丁度よい頃にだ。そしてそれは今日も同じであった。


 食堂の外から聞こえてきた足音は徐々に近くなり、そして中へと入ってきた。リズムよく音を立てながら豪快に歩くのは、この屋敷の中では唯一父だけであった。


 テーブルの上座に座った父は一通の手紙を自身の目の前に投げた。テーブルに乗った封筒を見てみれば見覚えのある差出人の名前。


「美智子、今度のパーティーも頼むぞ」


 拒否することを許さないような低い声が母に投げつけられる。母は表情を変えず、父を見ると口を開いた。


「あなたは参加されないのですか?」

「私は忙しいのだ。それくらいならお前でも知っているだろう」


 小さな舌打ちの後、放たれた言葉に母はすぐに「申し訳ありません」と謝った。そのやり取りで場の空気が一気に重くなる。食事の時はいつもこんな空気で食欲も失せるというものだ、けれど食べなければまた父が手を上げる。


 運ばれてきた食事をわたしは微かに震える手で無理矢理口に突っ込み胃に入れた。吐き出しそうになるのを堪え、どうにしてこの時間をやり過ごさなければならない。

 グラスに注がれた水を多めに飲み、食べ物を胃の奥へと流し込むなどよくあることだ。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えるとわたしはすぐに席を立った。早くこの場から立ち去りたかった。けれどそれを非情にも父が止めた。


「結乃、今日はどこへ言っていたんだ」


 扉の前で歩みを止めたわたしは背中で父からの問いかけを受け止めた。答えないという選択肢はない。


「書店に、本を買いに行きました」

「他には?」

「カフェーで昼食をとりました」

「それで?」

「公園で、読書をしました。それだけです」


 早く逃げ出したくてわたしは簡単な言葉ばかり選んだ。父は大きく息を吐き、黙った。けれどそれはほんの数秒のことで、また口を開く。


「久世家のご子息と一緒にいただろう。どういった関係なんだ?」


 反射的に肩が跳ねた。久世。その名が何故父の口から出てくるのかわからなかった。けれどそれを知っているということは、父か或いは父の近くにいる人物がわたしを見張っていたということになる。まさか本当にそんなことをしていると言うのだろうか。


「偶然、書店で会っただけです」

「食事にはお前が誘ったのか?」

「いいえ。向こうから誘われました」


 質問攻めにしていた父はようやく口を閉じ

少し間を置いて「行っていい」とそれだけを放った。わたしは小さく父にわからないように息を吐くと食堂を後にした。

 やっとの思いで解放されたわたしはそのまま逃げ込むように自室へと戻る。


 本棚に並べた本をいまだに震える手で抜き出す。彼からもらった本。それを抱え、わたしはベッドの端に腰かけた。

 表紙を眺める。と不意に彼の顔が浮かんできた。微かに笑みを浮かべていた彼の顔が頭から離れない。

 わたしは本を抱きしめた。理由もわからず溢れそうになる涙を堪え、唇を噛みしめた。


 そんな中、唐突に扉がノックされる。わたしの名を外から呼んだのは母だった。

 本をベッドの上に預け扉を開けると母が立っていた。


「一週間後に開かれるパーティー、あなたもついて来なさいね」


 母は冷たい表情でわたしに告げると返事を待たずに去っていった。取り残されたわたしはただ呆然と母の去っていった方向を見つめていた。







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