第32話

 国王陛下と王太子殿下が拘束された後、帝国は驚く速度で王国を掌握していく。有力貴族には水面下で既に根回ししてた様であまり混乱もなく、大多数の貴族はそのまま帝国に従い帝国貴族となるらしい。一部の貴族が騒いでいたがジェイクが言うには不正な事や違法な事をしていた連中らしく、要は帝国から切り捨てらる貴族らしい。コーデリアやうちが含まれてなくて安心する。


「なんか、呆気ない幕切れだったな…」


 翌日学園の中庭でお茶をしながら呟く。アルン様も私も帝国へ行く準備で忙しい合間、ジェイクが休憩がてらに私を誘ってくれたのだ。


「私、必死で頑張ってたつもりだけど、結局アルン様は最初から修道院に送られる事なかったし、婚約破棄で名誉を損なう事なかったのね…」


 修道院に送られない様に。そう思って頑張ったんだけど、終わってみれば単なる杞憂だった事になる。私のした事、無駄だったのかなあ…。


「そんな事ねえよ」


 ティタニアから取り寄せたというローズヒップティーを飲みながらジェイクが言う。


「マリアがいなければ、オルシュレン嬢…いや、アルンシーダ様はもっと辛い日々を過ごしただろうし、最後の最後、国王や王太子に同盟を懇願されたら断りきれなかったかも知れない。間違いなく、マリアはアルンシーダ様を救ってるよ…今回の裏の立役者はマリアだと思っている」

「そ、そうかな?でもそれ、私が王国を亡した原因みたいじゃない?」

「…仮に婚姻が成り、同盟で王国が残ったとしてもあの王太子だ。アルンシーダ様がお幸せになれると思うか?」

「…」


 それを言われたら王国は亡んでいい…。


「マリアはさ…」


 ジェイクが改めて聞いてくる。


「アルンシーダ様を助けた経緯は聞いた。その後、お力になった事も。修道院見学はまあ、笑ったが、なんでそこまでアルンシーダ様のために尽くしたんだ?皇帝陛下の姪だと知らなかったはずだ。まあ、その…何というか、あの時点でアルンシーダ様と一緒にいるメリットはねえ。何故そこまで献身的になれたのかなって…」


 もちろん善意なのはわかってる、と付け足す。


「私、8歳離れた姉がいたんだけどね…」


 姉はとある伯爵家の次男と大恋愛の末に婚約を結んでいた。両親もそれは喜んでいたが。ある時、その伯爵から頭を下げられ婚約を破棄された。なんでも格上の侯爵家の令嬢に見染められ、婚約する事になったと。

 それを聞いた姉は失意で病に伏せ、一年後に亡くなった。自殺だ。


「すごく好きなお姉ちゃんだったから…私もその一年はすごく辛くてね。お姉ちゃん、精神的に参っていたの。もしかしたら、アルン様に姉を重ねていたのかもなあ…婚約破棄される辛さを、悲しさを私も身近で見ててわかるから…」


 当然婚約破棄されたら次の縁談も中々上手くいかない。両親も色々姉の縁談に手を尽くしたが良縁は見つからなかった。何より、姉自身がショックから立ち直れなかった。思えば心が病んでいたんだろう、それを見かねた両親が姉を修道院へ送ろうとしたが、それを機に自ら命を断った。


「そうか…それで他人事と思えなかったんだな…」

「うん…」


 だからこそ、アルン様を一人にしておけなかったし、少しでも気を紛らわせて欲しかったし、修道院に行かせたくなかった。


「だからかなあ、私も恋愛で人を好きになるって感覚、よくわからないし、ちょっと怖い。リーリとかすごいよね。決して良い事じゃなかったけどあの情熱は」

「そうだな」

「アルン様にはちゃんと好きな人が出来て、ちゃんと恋愛して貰いたいなあ…」

「そうだな」


 お茶のお代わりを入れ、一息つく。


「マリア。お前もな。お前も帝国に来るんだろ?これからはアルンシーダ様だけじゃない、自分の幸せも考えるんだぞ」

「えっ」

「オレはお前の味方だ。いつでも頼ってくれよ。オレは、お前が泣くのはもう見たくないからな」

「!」


 顔に血が昇るのがわかる。なんかそれ、ズルくない?どう受け止めていいか、わからない言い方。


「ジェイクが私の面倒見てくれるの?」


 何言ってんだ、私?


「ははは、いいよ」


 さらに顔が赤くなる。いや、もう、ホント何この会話。さらっと言われて本気か冗談かわからない。


「先ずは、約束通り、オレん家でお茶を淹れないとな」

「まさか本当に帝国のジェイクの家に行く事になるとは…」


 あの約束、こんな形で実現するなんてね。


「西はもう落ち着いた。大陸はあと東のクレン国とレンダスの二国を残すのみ。これからは数年かからず統一される。平和になるさ。オレも、腰を落ち着けないとな」


また意味深なセリフを…期待、しちゃうよ?私。


「さあ、行くか。まだまだ忙しい。帝都まで一月はかかるしな。明後日には出発したい。ほら、行くぞ、手伝う」


 …人の気も知らないで、この坊主頭め。

 でもまあ、帝都への道のりは決して不安だけじゃない。少なくとも、ジェイクも一緒だから。






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