第29話

 アルンシーダ・オルシュレンは王国四大貴族の公爵にして宰相であるイシュト・オルシュレンの娘にして現帝国皇帝の姪である。


 衝撃の事実だ。そして、どうやら殿下はそれを知っていて、だから婚約を破棄した?


「知っててわざわざ婚約破棄したって事は、帝国との同盟を蹴りたいって事か?」


 そうだ。今の話だとアルン様との婚約があるからこその同盟。昔から一番よく聞く政略結婚じゃないか。


「帝国と同盟?笑わせる。大国である我がアルフィナ王国が何故帝国ごときと同盟せねばならん!」


 え、本気で言ってるの?つまり、帝国と戦争する気なの?


「おかしいと思わんか?帝国は侵略者だ。何故我が国の方が折れねばならぬ?」


 私を見ながら言う。確かにそれはそうだ。本来なら帝国は敵だ。こちらが攻めた訳じゃない、向こうが攻めてくるのだから。でも戦争になれば、被害が出る。それを水際で食い止めようと努力するのは、政略結婚で同盟を打ち出すのも当然の事なのでは?


「まあ、王子様の言わんとする事もわかる。確かに帝国が『攻めて来なければ』いい話だ。だがまあ、王国を取るのは『決定事項』だ。今更変わらない。それに対して王国がどうするかは王国が決めればいい」


 今度はジェイクがこちらを見る。


「だが、まあ、それならそれでオルシュレン嬢は帝国へ連れ帰る、それがオレの任務だ」

「!!」


 え、待って…アルン様が帝国に?


「わかっているとは思うが、皇帝陛下の姪御様だ。順位は低いが継承権もある。そして、万が一にも王国が戦場となればその身の安全を確保せねばならない」


 修道院回避の次は帝国!というか戦場に…?戦争は始まっちゃうの?


「ま、待って下さい殿下、つまり戦争をするんですか?帝国と?」 

「確か、アルンシーダの取り巻きのマリアとか言ったな?戦わずしてどうする。王国の力は帝国に負けていない!」

「勝ち目はあるんですか?帝国に。もう数百年と戦のなかった我が国が今なお版図を広げる帝国に」


 殿下が剣を抜く、しまった!この人短気な人だった!斬られる!


 キンッと鈍い金属音がし、殿下の剣を弾く。

 ジェイクが抜刀し殿下の剣を弾いてくれたんだ、助かった…と言うかやっぱり怖っこの人!


「殺気は無かったとは言え正気かアンタ!本当に婦女子に斬りつけるとは!」


 さすがにジェイクも信じられないって顔してる。


「戦わずして既に恐れる者など必要ない!」


 思ってた数倍はヤバいわね、この王子…


「白熱してる様だがそこまでにしましょう」


 不意に声をかけられる。声のする方を見ると入り口に長い銀髪の中性的な顔立ちの美しい男性が立っている。え、誰?


「なんだ貴様は?」

「お初にお目にかかるかな?私はエルシオン。アルンシーダの従兄妹だ。帝国の皇太子と言えばわかりやすいかな?」


 え、待って?何でそんな人がいるの?チラッとジェイクを見る


「オレの上司だ」


 上司?ジェイクの?つまりジェイクは皇太子の直属の部下って事?というか帝国て皇太子自ら動くんだ?


「ここは学園の食堂です。議論を交わすには些か人目につきます。場所を変えられては如何かな?」


 そうだった、さっきまで夕食を食べてたんだ。確かに他の生徒もチラホラいるし、職員もいる。戦争をするしないの様な国家の大事を話す場所じゃない。…だいぶ手遅れな気はするけど。


「チッ良かろう、場所は変えてやる」


 北校舎の生徒会室の下に会議室がある。どうやらそこへ向かうようだが…アレ?私も?いや、是非私も聞きたいし話はあるけど…単なる子爵令嬢だよ?普通はこんな場に参加出来ない。エルシオン様に是非にと促されて一緒に来たけどいいの?

 

 会議室のドアを開けると既に中に誰かいる。

 え…アルン様!?さっき別れた所だけど呼び出されたの?と、その隣には…国王陛下も!!帰国されてたのか!


「これは父上、帰国されてましたか」

「アレク…自分が何をしたか解っておるのか?大事な交渉を台無しにする気か?」


 はんっと鼻で笑う王太子殿下。


「今からでも遅くない。アルンシーダ嬢を妃に迎えるのだ!」


 何言ってるの?陛下…まさかアルン様を連れて来たのは再び婚約させるためなの?ウソでしょ!?


「馬鹿な事を…今更それをしてどうなる!一度は破棄したものを再び婚約など、王家の威光を落とすだけだ!」


 殿下が激昂して叫ぶけど…もうだいぶ落としたと思うんだけど。というかアルン様もだいぶ辛そうな顔してるのにそれでも進める訳?ホント…本当に!こんな国、亡べばいい!


「まあまあ、お二人とも。まずはオルシュレン嬢のお気持ちを伺ってみては?」


 エルシオン様!そうよ、まずはアルン様のお気持ちを聞いて!


「わ、私は…」


 あ…アルン様…そうね、無理よね…帝国との戦争がかかってて嫌とは言えない人だわ…。


「私は…」


 助けを求めるように私を見る…アルン様…わかった、私も腹をくくろう。


「アルン様、どうかご自分のお気持ちを優先なさって下さい。ご自分のお幸せを優先して下さい。私は…私は…どこまでもアルン様のお味方です」


 じっとアルン様の目を見る。

 

 仮に再び婚約を選んでも王太子殿下が納得するかどうかわからない。けど、婚約を受けても断っても私は何処までもアルン様についていく。

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る