第18話

「あんた学園の生徒だったのか!」


 切れ長の目を見開いて驚くジェイク。


「ジェイクこそ、学園で何してるの!?」


 お互いに驚きを隠せない。台車の荷物を見るにどうやら学園寮に入るみたいだけど…え?学園に通うの?


「あちゃー、まさか学園の生徒とはなあ…流石に油断したなあ…」


 帝国人が学園に来る。つまりはそう、明らかに潜入だ。それも貴族の学校、王立学園に来るというのは当然ながら国の、国王陛下や宰相様の許可を得てると言う事。これはちょっと…きな臭くなってきたぞ。


「学園の寮に入るの?」

「ああ、明日から学園の生徒だ」


 元々ワイルドな風貌だが目つきが険しくなり鋭さが増す。警戒されてる。当たり前だが。

 と、目元が緩む。


「いや、警戒しても仕方ないか。マリアには世話になったしな。もしよければ飯に付き合わないか?奢るぜ?」


 これは行くしかない。何処まで話してくれるかわからないが、おそらくこの状況を暗に説明をしてくれると言っているのだろう。


「なんかお勧めの飯屋はあるか?」


 荷物を寮員に預けて学園を出て街へ繰り出す。よほど特別な扱いなのだろう、もうすぐ門限だというのに私も込みで普通に街に出して貰えた。


「この通りを右に行ったとこにあるお店のパスタが美味しいわよ」

 

 まさかダドくんお勧めのお店にこんな形でまた来るとは思わなかった…。


「確かにここ、美味いな!オレもあちこち行ったがこれ程のパスタはそう食った事ない」


 美味しそうにトマトのクリームパスタを食べるジェイクを見ながら私は緊張でせっかくのパスタが喉を通らない。さすがに無いとは思うが学園外に連れ出されたんだ、何処に他の帝国人が潜んでるかも、拉致されたらそこまでだ。それでも状況を把握したくて来たのだけれど。


「そんなに緊張すんなよ、あんたには借りがある。何もしねえよ」

「お茶なら金貨貰ったわよ。調べたらちょっとシャレにならない金額じゃない!」


 ははは、と笑うジェイク。いや、お茶なら高級なヤツが3年分は買えるよあの金貨…。


「本当に困ってたんだ。それくらいの価値はあるぜ、あの時のお茶は。普通に代金と思って取っておいてくれ」

「ジェイクは…帝国の人だよね?」

「ああ…今更あんたに隠しても仕方ねえ。ちょっとした調査で学園に来た」


 調査。なんのだろ。仮に王国に攻め込む為なら学園じゃない。外交するにも学園はおかしい。誰か…学生の調査?だとしたらもうそれは王太子殿下しかいない。


「もしかして王太子殿下ですか?」

「いや…さすがに内容は言えないが。だがまあ、王太子の調査はついでにはやるかな?」


 えっ王太子殿下が『ついで』なの?もっと重要な人物が?でも学園に『生徒として』潜入するんだからおそらく調査対象は生徒か教員だよね。多分教員よりは生徒である可能性が高い。


「んー、そうだな。協力者がいた方がオレも動きやすいな。マリア、協力してくれないか?」

「つまり、内通者になれ、と?調査対象を教えてくれるって事かな?」

「協力してくれるならな」


 興味はある。それに帝国が絡んでくるならこの国の将来が左右される可能性もある。それこそ、アルン様やコーデリア、ダドくん達の将来も。何かしら情報と帝国への繋がりは持っていて損はないはず。


「何か見返りは貰えるのかしら?」


 すぐに協力する、とは言わない。交渉の基本だ。こっちもひょっとしたら危ないかも知れないし、無償ほど信用出来ない取引はない。お茶代を出すのと訳が違う。


「ん〜、そうだなぁ…帝国のお茶でどうだ?」


 へ?お茶?いや、元から協力するつもりだったけどそんなふわっとした報酬なの?アレ?ジェイクの任務、もしかして大したことないの?それとも軽く見られてる?


「秘密の任務なのに報酬がお茶なの?」

「オレが、帝国に招いてお茶を淹れてやるよ」


 すごい爽やかな笑顔で言われる。うっわ、これはズルいわ、こんなワイルドな風貌で無邪気に笑われると乙女心にストレートに刺さるわ…見た目に反比例して可愛いじゃない…いや落ち着け私、報酬が帝国への招待って揶揄よね?つまり帝国の情報が報酬って訳ね。面白いかも。


「言っておくけど、私、お茶にはうるさいわよ?」

「とびきりのいいヤツ用意してやるよ!」


 まあ、いいか。どの道最初から協力すりつもりだったし。


「わかったわ、協力する」

「本当か、助かる」

「で、ジェイクは誰を調査しに来たの?」

「宰相の娘、公爵令嬢アルンシーダ・オルシュレンだ」


 え。ええええッ!?



 自室のベッドに横になって考える。帝国が何故アルン様を調べるのか。

 さすがにアルン様は友人だとはあの場でジェイクには言えなかった。ただすぐにばれるだろう。

 パスタを食べた後そのまま学園に戻り、時間も遅いから詳しくはまた、とそのまま別れて自室に戻ってきたがもう大混乱で何も手につかないし眠れない。


「さすがに想定外だわ…」


 思わず独り言が出る。帝国が何故学園を、アルン様を調べるのか。まず、帝国について知る必要があるな。そしてこのタイミング。陛下や宰相様が帰国する前にと言うことは陛下らが帝国に着く前から予定していた事になる。

 そもそも、ジェイクは帝国ではどういう立場の人なのか。


 帝国と言えば…陛下や宰相様が帝国入りしたのはてっきり同盟、それも不可侵条約でも取り付ける為だと思ってたけど…隣国ティタニアは王国と比べると小国だから戦わずして降り傘下になったとは聞いてる。今やティタニアは国ではなく帝国の一地方だ。ティタニアの王は帝国の貴族となり、ティタニア貴族は解体されそのまま帝国貴族として残れた者、貴族の身分をなくし平民にされた者がいると聞く。もし我が国が属国となり帝国に降るのであれば私達はどうなるのか。アルン様やダドくんは大きな貴族だから大丈夫な気がするけどコーデリアや私は。


 色々あり過ぎて不安が渦巻く。大きな流れに呑み込まれそうな予感がある中、出来る事を、やれる事をやるしかない。

 その為にもまずは情報だ。考えようによってはジェイクと知り合えたのは幸運だ。とりあえず、ジェイクに協力してみよう、話はそれからだ。


 

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