第17話

 商業科は文字通り商売について特化した学科である。領地経営や物流、投資などについて基礎的な勉強をする。主に下級貴族の後取りや上級貴族の次男次女がよく選択する。領主が才ある平民を学ばせる事もあるため少数だが平民の生徒もいる。


 うちのクラスで商業科の子は何人かいるがリーリ嬢は女子に不人気だ、ここは男子に聞いてみるか。


「クラウスくん、ちょっと聞きたいんだけど」


 クラスの男子でも話しやすいクラウスくんに聞いてみる。コルデア男爵の長男で男爵同士リーリ嬢と仲良かったはずだ。


「リーリさん?そう言えば最近あまり見てないなあ?今日も休んでるみたいだよ」


 クラウスくんの話によるとリーリ嬢は休みがちになってるらしい。どうやら陰湿なイジメがあったとか…レイラ様かな?やめてよね、またアルン様が疑われたら許さないんだから。

 全く来てない訳ではないが、遅刻や早退したり休んだりが目立ってるとか。王太子殿下とも疎遠になったと聞いたが…普通に学校に来てなくて会う機会がないだけかも知れないぞ?


「そう言えば最近アルンシーダ様と仲良いよね、マリアさん」

「うん?」

「婚約破棄されてからずっと独りだし元気ないから気にはなってたんだけど、マリアさんと一緒にいるようになってまた元気になって良かったよ。詳しくは聞かないけどさ、クラスの他の子も心配してたから」


 ああ、やっぱり本当は皆心配してたんだ。ありがとう、クラウスくん。その情報は何より嬉しい。詳細を聞いてこない所も紳士だな。


 しかし学校に来てないのか。あれだけ騒ぎを起こしておいてアルン様には学校に来いと言っておきながら自分は休んでるってどういう事よ?

 一度覚悟を決めて直接本人に聞いてみようか?一体どういうつもりなのか。


 女子寮は4階建の建物が3棟ある。リーリ嬢の部屋は私の部屋からは反対の奥の棟だ、向かってるのを見た事ある。ただ部屋番号は知らない。

 リーリの居るであろう棟でその辺で誰かに聞こうかと思ったら…げっ!レイラ様がいるぞ?



「どうぞ、お茶を入れました…」


 手慣れた手付きでエマ様がわざわざお茶を淹れてくれる…。

 エマ様のお部屋でお茶を頂く…正面にはレイラ様と向かいあって。え、何でこんな事になってるの?何この状況…!?

 エマ様も状況が把握できず目で訴えてくる…いや、そんな目で責められても、廊下で目が合った途端に腕を掴まれてここに連れて来られたんですけど!?

 幸いまだエマ様のお部屋だから辛うじて落ち着ける、エマ様とは内通してるから恐らく前回の様な酷い目には遭わないと…信じたい。あ!もしかして内通がバレた!?


「貴女…アルンシーダ様にまだ付きまとってるらしいわね…」


 やっぱりその話?だが今日はレイラ様、穏やかに落ち着いてる。前回みたいな事はならないかな?とりあえず話を聞いてみよう。


「貴女の言う通りだったわ…最近…殿下はリーリ嬢にも冷たく当たるの…」


 ん?


「最初は殿下の寵愛を受けながら蔑ろにするリーリが気に食わなくて個人的に虐めてたわ」


 あ、そこは認めちゃうんだ…意外と潔い人だな。


「でも最近の殿下を見てると…どうやらリーリを婚約相手に選んだ訳じゃなかったのよ…アルンシーダ様と婚約破棄する為に利用しただけの様に見えるの…」


 つまり、目的は破棄する事そのものと言う意味?他に誰か思い人が出来たとかでなく?


「…まるでアルンシーダ様を虐める為だけに婚約破棄したように見えてくるの…もう私には殿下が何を考えてるか解りませんわ…」


 あれほど攻撃的だったレイラ様が普通?の令嬢の様に見えるほど戸惑っている。攻撃的なのは殿下の為を思っての事で、もしかしたらそうでもしないと他人を虐めるとか出来ない人なのかも…いやそれはないか、さっき個人的に虐めたって言い切ったな、単に感情の起伏が激しい人なんだ。今日は私も大人しくしとこ。


 でもこれはさらによくわからなくなってきたな。なんとなくリーリ嬢は婚約相手に選んだ訳でないとは思ってたけど。でも婚約者を変える訳でもなく、公衆の前で破棄する理由は何?本当にアルン様をただ虐めたいだけ?それはそれでちょっと意味がわからない。

 レイラ様も不安なようね。ちょっとここは腹を割って話した方がいいな、もっと深い話が聞けるかも知れない。


「実は、アルン様が今まだ学校にいるのはリーリ嬢が殿下にお願いしたらしいのです。アルン様をそのまま学校へ通わせるように」

「!!」


 当然、皆知らない情報だ。


「一体何のために?」

「それをリーリ嬢に直接聞いてみようと思ってこちらの棟を訪ねて来たんです。正直に話してくれるとは思いませんが、何か糸口が掴めるかも」

「…」


 そう、とにかく話してみなければわからない事が多すぎる。リーリ嬢も、殿下も。


「気をつける事ね、どうも殿下はアルンシーダ様を恨んでる様に見えるから」


 恨んでる?え、なんで?


「一つだけ、伺って宜しいかしら?」


改めて、レイラ様が姿勢を正し聞いてくる。


「貴女、単なる侍女科に通う子爵令嬢ですわよね?何故、そこまでアルンシーダ様に親身になられ動いてるんですの?」


「それは…」


 何故。勿論、最初プリントを取りに行った時に彼女を見て酷い事をすると怒りが湧いたから。それがきっかけ。でも、本当は。


「なんとかしたかったんです。アルン様、素敵な方なので」


 じっと真剣な眼差しで私を見抜くレイラ様。

 ウソをついた訳ではない、本心からそう思ってはいる。


「いいわ、そう言う事にしといてあげる。貴女が本当にアルンシーダ様をどうにか出来るか、見届けてあげるわ」


 それ以上は聞かないレイラ様に深く頭を下げ、エマ様の部屋を後にする。

 

 少し遅い時間になってしまった。リーリ嬢は気になるけどさすがに後日にしよう。ただ、レイラ様の情報は有益だったし、あの様子ならアルン様を虐げる事も今後ないだろう。ちょっとお腹すいたな。食堂に寄ってなんか食べようかな。


 女子寮からエントランスに入ると荷物が積まれた台車がある。本来なら入学か卒業時に寮を入退室で引っ越す時に使う台車だ。え、誰か退去するの?まさか…リーリ嬢じゃないよね?気になり台車の方に近づく。


「え!?」


 どっかで見た坊主頭だ!


「あんたは!マリア!?」

「……ジェイク!?」


 えっ!?ちょっと待って?なんで修道院で出会った帝国人のジェイクが学園にいるの!?どういう事!?


 

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