第6話

 昨日はよく眠れなかった。それどころか課題のプリントも手付かずだ。なんで勢いであんな事言っちゃったんだろ…て、いやいやいや!ご飯に誘ったのは後悔してない。むしろあれで覚悟が出来た。


 が、どうやって誘うか、何を食べたらいいか、朝教室で挨拶するところからか?色々考えてたら寝付けなかったし答えは出てない。

 憂鬱、とはまた違うか。なんだろ…緊張?あ、緊張してるんだ、私。とりあえず教室に向かいながら頭の中でぐるぐる考える。まあ、なるようになるしかない。


 教室に入るとすでにアルンシーダ様は席に着いていた。目が少し合ったけど直ぐにそらされる。だがその一瞬、目が優しく微笑んだのを見逃さなかった。もしかしたら、彼女も同じ様に悩んでたのかも知れない。よく見ると化粧で誤魔化してるけど隈がある。眠れなかったのだろうか。


「おはようマリア」


 教室に入って来たコーデリアに声をかけられ我にかえる。挨拶を返しながら横目でアルンシーダ様を追うが変わりない、静かに佇んでる。


 午前の授業が終わり、昼休みが来た。授業間の休み時間が来るたび声をかけようと試みたがタイミング悪く先生に呼ばれたりコーデリアに話かけられたり、なんか邪魔が入って声をかけれなかった。


「よし!」


今度こそ!気合いを入れて席を立つ。…が。


「アルンシーダ!」


 いきなり怒鳴りながら教室に入ってくる。長い金髪を後ろで括り、綺麗な顔立ちだけど見るからに気が短そうな印象をうける、王太子殿下だ。皆何が起こったかわからず固まる。


「また懲りずにリーリを虐めたらしいな!」

「!?」


 何の事かわからない、そんな顔で怯えるアルンシーダ様。


「リーリの教科書がない、またお前だろう!」


 更に声を荒げる殿下。要するにリーリ嬢の教科書が見当たらなく、それをアルンシーダ様が隠したと思ってるのね。


「わ、私ではありません…」


 消え入るようなか細い声で否定するが聞き入れられない。そこで初めて殿下は周りを見渡し、ちょっとまずいと思ったのか、アルンシーダ様の腕を強引に取り、来いっと教室から連れ出して行ってしまった。


「うわぁ、何アレ…」


 隣でコーデリアが呟く。いや、クラスの大半が同じ感想だろう。私もドン引きしてる。

 いやそれよりも!何なの!昨日から悩んでやっと覚悟を決めてご飯に誘おうとしてたのに!さっきどんだけ勇気だして立ち上がったと思ってるの!私の悩んだ時間返して!

 

 どうなったのか、心配だけどこれはさすがにどうしようもない…ましてや殿下が連れて行ったんだ、おそらく生徒会室に連れて行かれたんだとは思うけど役員でもない私では入室する事も出来ない。大事にならないよう無事を祈るしか出来ない。


「大丈夫かな…アルンシーダ様」


 コーデリアも気にしてる様で暗い顔してる。


「ちょっと様子見に行ってみる…」


 席を立ち教室を出ようとするとコーデリアも気になってたと乗って来た。いや行ったところで入れないし、生徒会室とは限らないけど。


 生徒会室は中庭を抜けて北校舎の4階にある。二人で中庭を抜けようとした時、王太子殿下とすれ違う。アルンシーダ様はいない。すでに別れた後か。どうやら生徒会室までは行かず中庭の一角で話をしてたらしい。相変わらず不機嫌そうな殿下を横目に軽く会釈して知らん顔して通り抜ける。と、憔悴したアルンシーダ様が北通路から丁度歩いて来た。

 良かった、見た目は無事だ。前みたいに衣服が切り裂かれたりしてない。


「マ、マリアさん…コーデリアさんも…どうして…?」


 私達を見ると驚いて立ち止まった。


「いや、その……心配で…」


 二人でモジモジしながらごにょごにょと消え入るように言う…。


「ありがとう」


 顔を赤らめ俯きながら言う。可愛い。いやそうじゃない。いや、可愛いけどまず無事の確認からだ。


「大丈夫ですか?何かされませんでしたか?嫌な事されませんでしたか?」

「大丈夫ですわ…ちょっと誤解されてただけですので。お話して解って頂けましたわ…」


 早口で責められ困った様に苦笑する。あの後、中庭の北エリアに連れて行かれ、色々とある事ない事聞かれたらしい。結局はリーリ嬢の教科書が無くなったタイミングにちゃんとしたアリバイがあり、疑われながらも放免されたらしい。良かった、酷いことはされてない。スカートを斬りつけるようなお方だ、連れて行かれた時はホント背筋がゾッとした。安心し……いや。待て。


「アルンシーダ様、失礼します」


軽く彼女の手を取る。一瞬ビクッとなる。まだ夏服だ、よく見ると右腕が赤く腫れてるのが見える。さっき教室を出る時、殿下に掴まれたところだ。


「…」


 私もコーデリアも絶句する。


 か弱い女性を何だと思ってんの?


「だ、大丈夫だから…そんな痛くないので」

「そんな痛くないって事は少しは痛いって事ですよね?」

「…」


 あ、これはウソだわ、相当痛いんだ。

 コーデリアに頼んで先生に午後の授業を休みますと言伝し、保険室へ向かう。コーデリアは少し不服そうだったけど、巻き込まれるかも知れないし、連絡役が必要だからと説得した。

 

 王太子殿下…どんだけアルンシーダ様の事を嫌いなの?仮にも一度は婚約した仲なのに。一体、二人の間に何があったの?単なるリーリ嬢への乗り換えだけと思えない。私や皆が知らない何かがあるのかも知れない。

 


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