第3話

 鳥の声が聞こえる。もう朝か。今日は何だか体調がいい。久々によく眠れたような。

 シャっとカーテンを開ける音がする。ふんわり柔らかな紅茶の香り。侍女のサラサが用意してくれてるのかしら?そろそろ起きないとね。心地良いまどろみを手放し、上体を起こす。


「!?」


 目に飛び込んできたのは普段目にする物とは違う壁紙、見慣れない寝具、自分の知らない風景。一瞬にして目が覚める。


(そうだ…昨夜、私は…)


「お目覚めになられましたか?アルンシーダ様」


 そう、昨夜クラスメイトのマリアさんのお部屋で破れたスカートを直して頂き、その後……

 思い出して顔が真っ赤になる。


「も、も、申し訳ありませんッ!マ、マリアさん!こ、この度はとんだご迷惑をッ!」


 寮の個室は広いとはいえ基本一人部屋だ。前もって申請すれば、生徒同士の寝泊まりは同性ならば許可されているし、侍女や寮員が寝具を用意したりもしてくれるが昨夜は明らかにマリアさんにとって予定外、私がベッドで寝てるという事は椅子かソファで眠った事になる。それでなくても今、王太子殿下に婚約破棄された私に構うこと自体、マリアさんに迷惑かけるはずだ。


「朝食の準備出来ております。お好みがわかりませんでしたので、私のお勧めになりますが。」


 構わずマリアさんは手慣れた手付きで朝食を用意していく。キッチンがあるわけではないからオーダーで学園食堂からの運ばせたものだ。レタスとトマトのサンドイッチ、スクランブルエッグ、香草のサラダがテーブルの上に綺麗に並べられていく。ポットから注がれる紅茶の淹れ方は鮮やかでベルガモットティーの爽やかな柑橘系の香りが食欲を誘う。盛り付け、配膳位置、タイミング、全て公爵家専属の私の侍女のやり方と遜色ない、一流の所作だ。


「…マリアさん、子爵令嬢であられるのに手慣れてらっしゃるのね」

「こう見えて私、選択科目は侍女科を専攻してますので」


 なるほど納得。スファルド学園では通常の授業の他に選択授業がある。侍女科の他にも騎士科、商業科、医療科などあり自由に選ぶ事が出来る。先程のマリアさんの所作は公爵家の侍女に匹敵する。そういえば昨夜も貴族の令嬢の割に裁縫もとても手慣れてた。おそらく侍女科では優秀な成績に違いない。

 

 せっかく用意して頂いたし、昨日は色々ありすぎて夕食を取っていない。素直に席に着き食事を頂く。


「マリアさんは…?」

「私ならもう食事は済ませてます、昨夜はお疲れのご様子でしたので今朝はしっかりと朝食を頂いてくださいね!」


 悪戯っぽい顔で言われ、また顔が紅くなる。


「アルンシーダ様の侍女の方にも昨夜のうちに連絡は入れてます、一応…友人として遊びに泊まりに来た体にしてます」


 手際も良い。学園は王族貴族関係なく個室の寮だが当然侍女侍従もいる。侍女の方も専用の待機部屋がありいつでも主人の元へ駆け付ける準備は出来てる。昨日もあともう少し遅くなれば侍女が様子を見に来てたかも知れない。それはそれで辱めを受けた事が実家に伝わり暗い気持ちになっただろうからマリアさんには感謝しかない。


「本当にマリアさんにはご迷惑ばかり…」


 深々と頭を下げて謝罪を口にするとクスクスと笑う声が聞こえる。


「もう、アルンシーダ様は昨夜から謝ってばかりですね!貴女は公爵令嬢なんですよ?」

「そうは言ってもご迷惑をかけたのは事実ですし…感謝もしてます」


 婚約破棄され家族にも迷惑をかけてしまった今、今後どうなるかわからない私に取り入る価値はない。マリアさんの行いは純粋な善意でしかないのだ。今までの友人達は皆、婚約破棄された後離れていった。それどころか殿下に私がリーリ嬢をいじめていたと証言した者もいたくらいだ。婚約破棄されて、いかに肩書きのない自分が無価値な人間であるか思い知った。そんな中、手を差し伸べてくれたマリアさんがどれほど救いだったか。


「とりあえず、どうされます?まだ時間はありますから自室に戻られますか?」


 困ったように照れて苦笑したマリアさんに促され朝食後一旦自室に戻る事にする。いつまでもここにいるのはそれこそ迷惑だ。


 マリアさんがどんなつもりであの時声をかけてくれたのかはわからない。善意なのか、勢いなのか、憐みなのか。でも確かに私は、彼女に救われた。


 これから先、この身がこれからどうなるかわからないけれど、この気持ちは忘れない…

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