第2話

 とは言え、さわらぬ神に祟りなし、じゃないけれど。婚約破棄された後、彼女に近寄る人はあまりいなかった。いつも一緒にいたご友人方も距離を取り、先生も授業中は指名しない、腫れ物に触るかの様な態度で彼女は浮いていた。それは私も同じだ。どう接すればいいかわからなかったし、面倒に巻き込まれたくなかったし。


「お見苦しい所を…申し訳ありません…」


まだ震えた声で涙を拭いながら彼女はポツリと話し出した。


「実は…殿下にお願いをしたのです。学校を退学させて欲しいと」


 退学させて欲しい?つまり、今、婚約破棄という不名誉な目にあったにも関わらず学校にいるのは殿下の意向なの?確かに公爵令嬢という立場で公な場であんな辱めを受けて何故学校にいるのか、出席してるのかなって皆思ってたけど。私なら恥ずかしくて自主退学し修道院に逃げ込んだかも知れない。仮に学校に残り勉学を望んでも両親がそれを促すだろう。


「婚約破棄された時、殿下は退学を示唆しましたがリーリ嬢が何故か、私に学校に残り勉学に励むようと殿下に進言したのです…」


  聞けば要するに、殿下の新しい想い人であるリーリ嬢が今まで虐めてきた事は許します、だから貴女もちゃんと学校に来てくださいね、と。それを聞いた殿下や周りもなんと慈悲深いのかと感嘆したとか。

 いや、おかしくない?婚約破棄を言い渡されるという不名誉を受け、相当に辱めを受けてる訳ですよ。ここは素直に退学を促した方がお互いにいいでしょ。どう考えてもアルンシーダ様にさらなる屈辱を与えようとしてる様にしか思えない。仮に本心から許し、勉学をさせたいなら空気を読めないにも程がある。


「ですが、やはり私には…そのまま学校に残るのは辛くて…。それを殿下にお願いしたら、リーリ嬢の好意を無下にするのかとお怒りになられたのです…」


それで斬りつけられたの?いや、殿下ちょっと…短気すぎない?どんな人となりか存じ上げなかったが、すごい怖い人に思えてきた。


 リーリ・スタンレー男爵令嬢。フワッとした赤毛が特徴的で大きなグリーンの目、童顔なのに胸も大きい。いかにも男子が好みそうな所作も多く、交友関係も男子生徒ばかりの様に見える。クラスも違うし、女子からの評判もいい噂を聞かなかったので敢えて自分から絡んでいく事もなかったから実際にはどんな子かは知らないが、いつからか殿下と並んでるのを見かけるようになった。でもこの様子なら相当したたかでプライドの高い腹黒な子のように思えてくる。嫌がらせに学校へ残らせて裏で嘲笑ってる。推測で人を判断するのは良くないが、そんな嫌な女に思えてきた。


「そう言えば、宰相様は、それを認められたのですか?」


 宰相イシュト・オルシュレン公爵。つまりアルンシーダ様の父君だ。まず婚約破棄からして国の施策にも影響が出るし、娘が辱めを受けて何ら対処してないのは何故か。王家に抗議するでもなく、娘を修道院に送るでもなく現状維持。


「実は、父は国王陛下の同伴として帝国に出向いてるのです。なんでも、重要な会談があるとか。殿下がリーリ嬢の提言を受け入れたのも、父や陛下が不在で公的な手続きが保留になってるからと思います…」


 帝国と言えば最近領土を拡大しつつある軍事国家だ。つい最近も隣国を併合し、版図を拡げたばかり。軍事力で攻め入る時もあれば外交で属国にする時もある。ひょっとしたら同盟やら条約やら、色々と重大な交渉なのかも知れない。というかそんな国に国王、宰相と二人も同時に向かって大丈夫なの?我が国も属国になるのかな?

 何にせよ皇帝陛下のいらっしゃる首都までは我が国からは遠い。会談の内容にもよるがひと月は往復にかかるだろう。先日のパーティと時を同じくして出立したというなら、まだ帝都にも着いてない。

 王太子殿下、もしかして陛下不在を狙った上で婚約破棄されたのかしら?だから、既成事実を作るため、世論を固めようと公衆の前で宣言したのかな?


「そうだったんですね…おかしいと思ってたんです。失礼ながら、もし私がアルンシーダ様の立場であれば、学校には居られません。実家に帰るか、修道院に引きこもったでしょう。さぞ…お辛かったでしょう…」


「ッ!!」


 きっと学校関係者は誰もこの事を知らなかったんだろう、ひょっとしたらまだご家族も知らないのかも知れない。他人に立場を理解して貰えたからか、またしても泣き崩れる。今度は堪えるのでなく、声をだして。


 動くに動けない、辛くても殿下に言われたら学校に行くしかない。陛下や宰相様がいればまた話は変わってきたのだろうけれど。陛下らが戻られるまでおそらくまだひと月以上あるだろう。その間、事情を知らない他の生徒からは奇異な目で見られ、男爵令嬢からは蔑まれ、殿下からは憎まれる。

 

 さすがに辛すぎはしないか?かと言ってたかが子爵令嬢でしかない私に出来る事などない。仮にあったとしてもそれは私も巻き込まれるかも知れない。

 

 ひとしきり泣き尽くした彼女は、理解された安堵からか、それとも疲れ切ってたのか、気づいたらそのままベッドで眠りについていた。そっと布団をかけ、明日からの事を考える。いや、もう考えても仕方ない。なるようになるか。


 ああ、そういえば。結局、課題のプリント持って帰るの忘れたなあ…


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