第1話

 寮の部屋は身分に関係なく、大体どこも同じだ。一応貴族の学校なので一人で暮らすには少し広く、浴室もある。基本的に学食を利用するのでキッチンはないが夕食も食堂が遅くまで開いてるし、専用の連絡機でオーダーすれば部屋まで運んでくれる。ベッドや本棚、机等は備え付けだが持ち込みも自由で大きな天幕付きベッドを持ち込む子もいるくらいだ。私はまあ、子爵令嬢と言えど田舎出身だしあまりそういった流行のもにも興味なく簡素なものだ、備え付けの家具と実家から持ち込んだ化粧台だけ。必要最低限って感じ。


 とりあえず彼女をベッドに座らせ、同性といえ下着のままでは恥ずかしいだろうから椅子にかかってたカーディガンを渡して膝にかける。机の引出しから愛用のソーイングセットを取り出しソファの上でスカートを縫っていく。鋭利なもので切られたのか、切り口が綺麗なのは救いだ。これなら大丈夫。


「これでヨシ!しっかり縫ったので普通に履けます。縫い目も隠してるのでまじまじ見ないと気づかれません。とは言え、新しいものに取り替えてくださいね」

「ありがとうございます…」


 少しの間沈黙が続く。彼女の方も途方に暮れているという感じだ。


 さて。勢いで連れてきてスカートを直したけど、どうしたものか。何があったとか誰にされた、とか聞いてしまうと後戻り出来ない気がする。仮にも公爵令嬢に危害を加えるとか絶対身分の高い貴族か王族だ、迂闊に巻き込まれたら単なる子爵令嬢である私には荷が重い。とは言えここまでしたら無関係で通す訳にもいかないか?


「…マリアさんにはご迷惑をおかけしました…申し訳ありません…」


 不意に、伏目がちに高位貴族であるアルンシーダ様にそう言われたらそんな考えをしてたこちらが申し訳なくなる。


「何が…あったんですか?」

「その…お恥ずかしながら…少し、アレク様と揉めまして…勢いでスカートを斬りつけられてしまいました…」


 いや、待って。勢いでスカートを斬りつけるって何?おかしくない?アレクってアレク殿下ですよね?王太子で…元アルンシーダ様の婚約者。さっき以上の怒りが湧いてくる…どんな揉め方したのか知らないけど、女性に斬りつけるってさすがに酷すぎる。


「いくら揉めたからってそれは酷くないですか?だいたい私、先日の婚約破棄についても納得いかないんです」


 あ、しまったと思ったが手遅れだ。アルンシーダ様の紫の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、声こそ押し殺しているが肩を震わせ泣き崩れてしまった。


 ああ、思い出させてしまったか。


 先日開かれた夏休みの学園のパーティ。社交デビューの練習のようなイベントでそれぞれがパートナーを伴い参加する。パートナーを見つける事自体が課題みたいなもので、そんな堅苦しいパーティではない。実際、パートナーを見つけれず一人で参加する学生も勿論いるし、そういった人達は次回のためのパートナーを会場で探したりするのだ。


 だが王太子殿下とその婚約者ともなれば話は別だ。そもそもすでにパートナーとして成立しているし、王族として皆の見本となるべき立場の人間が婚約者を連れないなんてあり得ない。本来なら王太子殿下のパートナーとして入場するはずのアルンシーダ様はお一人で参加し、殿下は別の女性をパートナーとして入場してきた為、会場がざわめいた。

 皆が見守る中、イベントの開幕を告げる挨拶をすべく上がったパーティ会場の壇上で何を思ったか殿下はその女性を引き寄せ、アルンシーダ様が如何にその女性に悪行を行なっていたかを告げ、声高々と婚約破棄を宣言したのだ。

 当然単なる下級貴族である私には真偽や何があったかはわからないが、王家と宰相の娘である公爵令嬢との婚約は政略的な意味合いが強いくらいは私にもわかる。殿下が告げる悪行とやらも、少なくとも違法性や背信行為などがあったというのではなく、アルンシーダ様がその殿下の側にいる女性個人を虐めていたというものだった。

 勿論、本当に虐めていたならそれはそれで問題はあるけど、国を担う王太子殿下の婚約を白紙に戻すほどの理由に思えない。

 それに、何故夏休みの学園の行事であるパーティでわざわざ破棄宣言を公衆の前で宣言したのか。婚約破棄するのは王家にとっても不名誉な事、よほど皆に周知されたかったのか。

 だが、その事によりパーティは台無しで残された生徒は呆然としてたし、先生方も慌てたり怒ってたりしてたし、私なんか面倒だからそのまま帰っちゃったし。


 王太子殿下は一つ学年が上でお会いする事もほぼ無かったがアルンシーダ様は同じクラスだ。今まで仲良かった訳でもなく、授業で話す程度でプライベートな交流はない。それでも公爵家の人間としてか、彼女の資質かはわからないが誰にでも優しかったし、身分を振りかざすような人でもなく、誰かを虐めるような印象はない。まさに貴族の令嬢の見本のような方だ。

 


 何か、違和感がある。そんな婚約破棄だったのは覚えてる。


 


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