子爵令嬢の日常

アキ

序章

「あー、やっちゃった」


 寮の自室に戻り、課題をするべくカバンを開けたところで教室に課題のプリントを忘れたのに気づく。スファルド学園は全寮制、校舎と続きになっているとは言え、部屋に帰ってまた校舎に戻るのは面倒だ。


「ま、行くしかない」


 こう見えて、課題は先に片付けてからのんびりする派。何事も面倒事から先に終わらせるタイプだ。

 幸いまだ着替えもしてない、制服のままだ。校舎を彷徨いても問題ない。自室に鍵をかけると早足で教室に向かう。


 まだ9月といえ今日は6限まで授業があったし、学食で夕飯用のサンドイッチを持ち帰りに購入してて少し帰りが遅かった。もう日も落ち、すれ違う生徒もいない。普段より遅い時間だ、みんな自室に帰ったのだろう。


 教室に着くとやはり誰もいな…いや?窓際の座席にひとり。こんな時間に誰かいると思わなくて少し動揺したが、クラスメイトだ。 

 長く美しい艶のある銀髪を後ろで束ね、どんな化粧水を使っているのか気になる透明感のある白い肌、少しつり目だが長いまつ毛に魅惑的なアメジストの瞳、黄金比ってこれかと思わせるほど整った美しい顔立ち。でも正直言うとあまり会いたくない、会ってもどう対応したらよいかわからない、今まさに渦中の人。


 王太子殿下に婚約破棄を言い渡された公爵令嬢。


 日も落ち、既に薄暗い教室に一人でいるのは不自然だ。なんでいるんだろ?あ、私のように何か忘れ物したのかな?と、その時目が合った。女の私から見てもドキッとするような潤んだ瞳、しかしさっきまで泣いてたのか、少し赤く充血してる様に見える。


「アルンシーダ様、このような遅い時間に何か忘れ物ですか?私も課題のプリント、教室に忘れちゃって」


 声をかけるか迷ったが、この場合私も何か言わないと若干不審者だ。


「マリアさん…いえ…その…」


 明らかに怯え混じりに動揺し、声が震えてる。不審に思い近づくと何やら身体を隠すように恥じらう。見ると制服のままだが…スカートのチェック柄が不自然な歪な形をし、白い肌がチラチラと見えている…破れてる?仮にも公爵令嬢のスカートが?


「大丈夫ですか?」


 よく見ると破れたというより刃物で切り裂かれた様に見える。そして理解した、彼女が教室に居たのは動けなかったからだ、このまま歩けば下着まで見えてしまう。

 誰がこんな事をしたのか。一瞬、怒りで拳を握る。信じられない。確かに彼女は王太子の不興を買い婚約破棄までされた言わば『嫌われ者』だ。クラスどころか学校全体でも浮いてるし、決して好意的には思われてない。だからといって、女性のスカートを切りつけていい訳がない。


「アルンシーダ様、失礼します」


 えっ?と、戸惑う彼女だが、構わず私は頭からヘアピンを抜き、軽く曲げて針代わりにし、スカートの切れ目をチョイッと抑え、応急処置をする。


「コレでヨシ!少しの間なら歩いても大丈夫です。今なら人も少ないし、暗いので遠目にはわかりません。宜しければ、しっかりと縫いますので私の部屋へお越し願えますか?」


 彼女は驚きと、そして少しの安堵の表情を見せつぶやく。


「よろしくお願いします…」


 幸い時間が時間だ、廊下を行く人は誰もいないけど軽くピンで留めただけなのでゆっくり、でも急いで部屋に戻る。


 勢いで渦中の公爵令嬢を部屋に連れてきたけど、大丈夫か、私?もしかしたら私も巻き込まれるかも知れない。本当は先生なり侍女なり呼んだ方が良かったのかも知れない。でも公爵令嬢の彼女に惨めな思いをさせてしまうかも。少なくとも私ならなるべく他人には知られたくない。そう思うと彼女を無視してそのままにしておく事は私には出来なかった。


 これが、彼女と私の、奇妙な運命の始まりだったのかも知れない。



 






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