第8話

とりあえず、私はコンビニに入りいつもはお店の休みの曜日に買って食べる筈のスティック状のパンが5本入った袋と幼児用の小さい野菜ジュースのパックと猫用のおやつを手に取りレジに向かった。

私がレジに商品を置くと、レジの男の人が訝しげな表情で私を見てきた。

いつもと違う曜日なので私にとって目の前の男の人は初対面だ。

それは目の前の男の人も同じなわけで、未だ学校が授業をやっている時間に私くらいの子がコンビニで物を買っているのは確かに妙に映るだろう。もしかしたら、襟元のチャミがそれに駄目押しをしているかもしれない。襟元に猫を収めている少女など世界にそう何人もいないだろう。

しかし、こうしておくと事実今の寒い季節は結構暖かいのだ。

チャミも同じ事を考えているのか、全く嫌がったりしない。

レジの男の人は私とあまり関わりたくないといった様子で淡々と作業をこなし、私もそれに合わせて無言でお金を払い商品を受け取る。

商品を差し出す際、男の人の手は小刻みに震えていた。

しかし、店内の暖房は厚着の私には暑い程によく効いている。

とりあえず、私は商品を持ってコンビニを後にした。


「なんだろうね?」

コンビニからある程度離れた所まで来たところで私は下を向いてチャミにそう訊ねた。チャミは可愛い声で鳴き、首を傾げた。

当然、チャミがさっきの男の人が震えていた理由など知るはずがない。

この疑問は忘れて、私は材木置き場でご飯を食べる事に決めた。正直、あそこには二度と行きたくない気持ちはあるが、あそこがチャミたちの住処だし、なにより私を救ってくれたシュバルツの安否を確かめなければならない。

流石に赤い目の少女もこんな明るい時間帯には出ないだろう。

大丈夫、大丈夫。材木置き場に行っても赤い目の少女はいないし、シュバルツは無事。私は心の中でそう唱えながら、材木置き場に向かった。

空気は冷たいが、空は青々と広がっており世界は明るい。

それなのに材木置き場に近づくにつれ、心臓が高鳴り出す。

異様に白い肌、少女とは思えない異様な力。彼女の綺麗でいて悍しい歌声。

それらの記憶が頭の中に一気に蘇る。

私の小さな体はそれらを思い出してしまったことで小さく震え上がった。

正直、いち早く家に帰りたい気持ちだ。

しかし、命の恩人であるシュバルツの安否も確認しないまま家に帰るなど、私には出来ない。ついに材木置き場の前に着くと、私は大きく息を吸い込んだ。


シュバルツに無事でいて欲しい。余計な事は考えず頭の中をその事だけにした。

「ミャーオ」

私はいつものように材木置き場の前で声を上げた。

しかし、材木置き場の中の方から返答がない。

きっと、まだ遠くて聞こえてないだけ。私は材木置き場の中へ進むことにした。

ある程度、進んだと思ったところでもう一度声を上げてみた。

しかし、相変わらず返答はない。シュバルツどころかレインも・・・・・


最悪の状況が頭に浮かび嫌でも歩く速度と心臓の鼓動が早まっていく。

二匹とも無事であって欲しい。その想いだけが頭を巡る。

ここまで来ると、私の息も荒くなってくる。

チャミもやはり自分の友達が心配なのか必死に当たりを見回している。

彼女のためにも必ず二匹の安否を確認しなければ。

曲がり角に差し掛かった時、なぜかこの角を曲がれば二匹に会えるような気がした。

私が一気に角を曲がると、そこには高く積まれた土管たちの前でシュバルツとレインが折り重なるように倒れていた。

「嫌・・・・嫌ッ!」

私はそう叫んで二匹の元にすぐさまかけよって、二匹を抱き上げようと彼らの背中の後ろに手を伸ばした。

すると、シュバルツの体が突然動き出し、慌てた様子で立ち上がった。その際、レインの尻尾を踏みつけてしまい、それに応じてレインも目を覚ました。

そう、二匹は無事だったのだ!

私は嬉しさのあまり若干嫌がるシュバルツとレインを強く抱きしめた。

私が彼らを抱きしめている間、襟元のチャミは彼らの額を交互に舐めていた。

きっと、彼女も友達が無事でいて嬉しいのだろう。


彼らが無事だと分かり、一気に肩の力が抜けた。

ある程度、二人の無事を悦び終えると私は3匹を地面に下ろし、先程買っておいた自分用のご飯と彼らのおやつをビニール袋から取り出した。

おやつをだいたい三等分に千切り、ソっと地面に置く。

「ちゃんと、人数分あるから他の子の分は取っちゃダメだよ」

それから、そう言って3匹におやつを食べるように促した。

シュバルツとレインは最初は訝しげな顔をして中々食べようとしなかったが、チャミが食べているのを見て、安心したのか一緒に食べ始めた。

そんな彼らを見ながら私も自分の分のご飯を食べる事にした。

なんて事はない、友達との食事。ただ、これだけでも心が癒えるのだ。

幼児用の野菜ジュースにストローを挿し、それを咥えながら空を見上げる。

空はあの曇天の夜とは正反対で青く澄んでいる。

今日1日で色々な事があったが新しい友達が出来て、置き去りにしてしまった友達は無事だった。少しずつ物事が良い方向に向かっている。そんな気がした。



昼食が終わった頃、チャミは私の方に来て仰向けになりお腹を出してきた。

どうやら、撫でて欲しいらしい。

私は彼女の要求に応じ、彼女のお腹を優しく摩ってあげた。

彼女は私が撫でている最中体をコロコロと動かし満足気な様子だった。

これが本当に可愛いのだ。きっと、お金持ちの家の子供がこの子を見つけたらすぐに自分の家に持って帰ってしまうだろう。

彼女には申し訳ないが、このままずっと野良猫のままでいて欲しいと思う。

そんな事を思いながらチャミを撫でていると、レインも私のほうにやって来た。

レインは私の真横に来て体を密着させると、『僕も撫でて』と言わんばかりに私の脚に可愛い小さな足を乗せてきた。

「大丈夫、忘れてないよ」

私はそう言ってレインの首筋を軽く撫でた。

すると、レインは嬉しそうに目を閉じ、喉を鳴らした。

その表情は本当に笑っているように見える。

レインとの付き合いは昨日が初めてだが、ご飯を分け合ったからか随分と懐いてくれている。私を助けてくれた勇敢なシュバルツはと云うと、自分から撫でて貰いに来ることは滅多にしない。かと言って撫でられるのが嫌いな訳ではなく、私から撫でに行けば満足そうに微睡み始める。要するに彼はクールな性格なのだ。普段はそっけないが、いざとなれば自らを犠牲にしてでも仲間を助けようとする。

もし、シュバルツが同年代の男の子だったら私の初恋の相手になっていたかもしれない。私は感謝の意味も込めて、彼の体をいつもより丁寧に撫でた。


時がゆっくりと流れているように感じる。彼らといると心が落ち着き優しい気持ちになってくる。

私は少し移動し、近くに積まれていた材木に背中を預け再び座り込んだ。

「おいで」

私がそう言うと、チャミが一目散に私の膝下に乗ってきた。本当に可愛い。

続いてレインが私の隣に腰を下ろす。可愛い。

シュバルツは『動くのが億劫だ。』と言うような目で私を見ている。

少し寂しい気もするが無理矢理連れてきて嫌われたくはないので、仕方がない。

私はそうして仔猫たちに囲まれながらゆっくりと目を閉じた。

チャミやレインの温もりを感じる。心地よい風が吹いている。

体をそれらの心地よい感覚だけに委ねる。すると、徐々に意識が遠のいて行った。

それから、どれくらいの時間が経っただろうか。誰かに口を舐められた感覚で私は目覚めた。目を開けると、チャミが心配そうな目で私を見ている。隣にはシュバルツもいる。どうやら私は横に倒れていたらしい。心配してくれるのは有難いが、口を舐めるのは勘弁してほしい。

「大丈夫だよ」

私はそう言って地面に手を付き元の体勢に戻った。

「皆はもう寝なくていいの?」

私がそう聞くと、チャミが私の膝に猫パンチを当ててきた。

どうやら、遊んで欲しいようだ。

私はそれから彼女たちと時間が許す限り、思い切り遊んだ。



気付くと空は既に橙色に染まっていた。そろそろ、帰る時間だ。

「日が暮れてきたから、また今度遊ぼうね」

私は名残惜しいが彼女たちにひと時の別れを告げ、彼女たちに背を向けた。

それから、材木置き場の中をとぼとぼと歩いていく。

材木置き場を出かかったところで何かの気配を感じ、後ろに振り向くと何食わぬ顔でチャミが付いて来ていた。

「ごめんね、パパやママと約束しちゃったからもう連れていけないの」

私は彼女にそう告げ、再び歩き出した。すると、チャミも同じ方向に歩き出す。

「だから、駄目だってば」

私は彼女を抱きかかえ材木置き場に戻り、レインとシュバルツがいるところに彼女を戻した。

「また、すぐ会えるから大丈夫だよ」

それから、そう言って再び彼女たちに背を向けて歩き出す。少し経ってから後ろ向くと今度は付いて来てないようだ。

私だってチャミをあそこに置いていくのは辛い。いや、チャミだけではなくシュバルツやレインも本当は連れて帰りたい。

しかし、我が家には彼女たちを養える余裕はない。仕方ないことなのだ。

私はそんな事を考えながら、帰り道を行く。




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