第7話

気持ちを落ち着けたつもりだったが、未だに心臓が高鳴っている。

なぜ白昼夢を見てしまったのか、本当に私が鏡を破壊してしまったのだろうか。色んな疑問が残る。

いくら考えてもその問題は解決出来ず、私の心の中を黒いモヤモヤが包む。


それから私は手の甲の痛みを堪えながら帰路についた。

手の甲から流れる血はまるで収まる気配がなく、私が通った道に血の跡を残していく。保健室に戻り処置を受けるべきだったと後悔したが、もう遅い。


私は使いたくなかったがママに貰った白いレースのハンカチで手の甲の出血部分を軽く抑えた。ママから貰った白いレースのハンカチに徐々に赤い模様が広がっていく。

ただ、それだけの事なのになぜか悲しい気持ちになる。ママから貰ったハンカチが赤い血で穢されていく。それを見ているのが辛かった。

しかし、傷口を放っておいて倒れたらそれこそ一大事なのでそれをグッと堪えた。

白いハンカチは既に半分以上が赤い血で染まってしまった。

それは私を一層暗い気持ちにした。

そんなどんよりとした気持ちの中、繁華街にさしかかった。


街の時計を見ると、フランツィスカと別れてから1時間もの時間が経っていた。

そういえば、お腹も減っている。

私はママから貰ったお金でお昼を買うことにした。

もっと小さい頃にお金が無駄になると思って貰ったお昼代を使わず、そのまま返した事があったが、「食べることは欠かしてはいけない大切な事よ。私たちの事を思ってくれるなら毎日ご飯をきちんと食べて」とママに怒られてしまった事がある。その日からはご飯だけはきちんと食べるように心がけている。


私がコンビニに入ろうとすると、突然後ろから声がした。

「やっと、見つけた!」

私が慌てて振り向くと、そこには小学校の低学年ほどの背の低い可愛い少女が立っていた。少し息が上がっている。髪は薄紫色で眼はエメラルド色に光っている。その子は子供にしてはきっちりとした服を着ている。そして、なぜか赤十字のマークの入った白いカバンを肩から下げていた。

少し不思議な感じもしたが、怖い気はしなかった。

「ちょっと、見せてね」

少女はおもむろにそう言うと半ば強引に私の手を取り、抑えていたハンカチをどかし私が鏡で切った手の甲を見た。

「良かった。血はだいたい止まっているみたいね」

それから、そう言うと赤十字のマークが入った白い鞄を肩から下ろし、中から茶色の瓶、綿の詰まったプラスチックの容器、ピンセットを順々取り出した。

そして、慣れた手つきでピンセットを使ってプラスチックの容器の中の綿を1つ取り、それを茶色の瓶の中の液体に浸けた。

「ちょっと、染みるけど我慢してね」

少女はそう言うと、それを私の傷口にペタペタと塗り始めた。

それは学校で怪我した人が保健室で受ける処置そのものだった。

どうして、こんな小さな子がそんな芸当が出来るのだろう。純粋にそんな疑問が湧いた。そんな事を考えているうちに少女は傷口に小さな布を乗せ、それを白いテープで固定し、素早く私の手に包帯を巻いていく。

あっという間に傷の処置が終わってしまった。この少女は一体何者なのだろう。


「あっ、ありっがとう。でも、こっ・・・・こんな事、誰に習ったの?」

相手が年下な事もあり私は遠慮なくそう聞いた。

すると、少女は少し考え込んでから口を開いた。

「んー、そうねぇ。パパがお医者さんだからその真似なの」

少女は一瞬考える素振りを見せてから、そう言った。それにしても凄い手際だ。


「あなた、お名前は?」

私が二の句を考えていると、少女が先に声を掛けてきた。

「わっ、私はえっ、エーデル。このっ、こっ子は、チャミ」

もしかしたら、襟の中の猫の方の名前を聞かれているかもしれないので一応自分の名前と猫のチャミの名前を同時に言った。

「そう、エーデルちゃん。良い名前ね。大事にするのよ」

少女は優しい笑顔でそう言った。聞いていたのは私の名前で良かったらしい。

「それじゃあ、エーデルちゃん。私、用事があるからもう行かないと。今度、街で会ったら声掛けてね」少女はそう言うと幼い体を一心に動かし、どこかへ走り去ってしまった。なんとなくだが、彼女とも友達になれる様な気がした。そういえば、名前くらい聞いておけば良かった。私は彼女のお陰で少し心持ちが楽になった。

しかし、彼女はいつから付いて来ていたのだろう。謎だ。

まぁ、細かいことを気にしすぎるのもよくないのでそこは余り考えないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る