第6話
気が付いたとき、私は学校の保健室の白いベッドの上にいた。
誰かが倒れていた私をここに運んでくれたらしい。
一体、誰なのか検討が付かないが、確実にクラスの人間ではないだろう。
とにかく、私は深いため息をついた。
フランツィスカと友達になり、幸せ一杯の気持ちで家に帰ろうと思った結果がこの有様だ。どうしても、私には不幸が付いて回っているようだ。
そんな事をボッーと考えていると、突然、オデコの辺りに強い痛みが走った。
慌てて、痛みが来た場所を手で抑えようとすると、その手はオデコではなく湿布らしきものに当たった。これは保健室の先生が貼ってくれたのだろう。
更に私のベッドは全面がベージュのカーテンで覆われており、外から断絶されていた。これも保健室の先生の配慮かもしれない。
私はゆっくりと腰を上げ、ベッドから起き上がった。
すると、荷物置きのための緑色のカゴの中にチャミが収まっているのが見えた。
丁寧に彼女の下には白いタオルが敷かれている。
チャミは気持ちよさそうに眠っていた。見たところ、傷がないようなので私が倒れてからサラやミレーマに暴力を振られる事はなかった様だ。
私は胸を撫で下ろした。チャミが無傷なのが唯一の救いだ。
私はチャミの無事を確認すると、カーテンの隙間から外の様子を覗いた。
部屋には白衣を纏った保健室の先生しかいない。
とりあえずはここから出ても大丈夫そうだ。
私は眠っているチャミを起こさないように丁寧に抱きかかえ、カーテンを静かに開けた。
「折角、学校に来たのに散々な目にあったわね。」
カーテンを開け私が出てくるのを確認すると、すぐに保健室の先生がそう言ってきた。この先生には私がまだ学校に通っていた時、何度もお世話になっている。
そのため、この先生もまた私の事情を知っているので無用な詮索をしようとしない。
「本当に悪いわね。保健室の先生じゃ、あの子たちのクラスの担任にあの子たちを叱ってくれるようお願いすることくらいしか出来ないのよ」
先生は本当に申し訳なさそうに言った。この先生は私の悩みや苦しみを親身になって聞いてくれる学校にいる数少ない理解者だ。
「先生は悪くないよ」私は言った。
「有難う。でも、保健室の先生としてじゃなく一人の人間としてあの二人延いてはあのクラスの問題を解決する力が無いのは本当に心苦しいわ」
先生は意気消沈した様子でそう嘆いた。
「私が校長だったら、見て見ぬふりしてるあのハゲもろとも二人を学校から追い出してやるのに」それから、冗談めかしく言った。
うちの学校の保健室の先生は可愛い顔して結構大胆な事を言うのだ。
ちなみに、『あのハゲ』とはうちのクラスの担任の事だ。
「まぁ、とにかく。これからどうする? もう少しここで休んでいく?」
先生がそう聞いてきたので、私は首を横に振った。
「・・・・・そうだよね。こんな学校に長く居たくないもんね」
先生は苦い顔をしながら、そうこぼした。残念ながらその通りだ。
「はい、上着ね。外は寒いから風邪には気をつけて」
先生は洋服かけから私の上着を取り、それを私の肩の上に乗せた。私はチャミを一旦先生に預け上着の袖に腕を通した。
私は先生からチャミを返してもらい、お礼を言ってから保健室を後にした。
廊下を歩きながら昇降口に向かう途中、横から何か嫌な気配を感じた。
私が横をみると、そこには手洗い場があり、その上にある鏡に私が映っていた。
なんて事はない感じた気配は鏡に映った自分自身だった様だ。
私が鏡の前から立ち去ろうとすると、鏡に何かの文字が浮かんだ。
それを見た瞬間、慌てて瞬きをしたがその文字は消えなかった。
その文字は私が今まで見てきたどの文字とも異なっていた。感覚だけだが、この世の文字ではないような気がした。
私は擦って文字を消そうと鏡に顔を近付けた。すると、私の顔に合わせて文字は大きくなった。
嫌な予感がした。
私が自分のオデコの湿布が貼られていない部分に触れると、その文字は上手く私の手の下に隠れた。という事は不気味な文字が浮き出たのは鏡ではなく私自身!
慌ててオデコを擦るがその黒い文字はまるで消えない。
得体の知れない恐怖が一気に私を包んでいくのを感じた。
しかし、恐怖はそれだけはなかった。
廊下の電灯が次々とスパークして光が消え、廊下の両端にしか窓がない事もあり辺りが昼間なのにかなり薄暗くなった。
更に鏡の両側の壁からゆっくりと赤い血が滲み出し、それが文字を作っていく。
しかも、一箇所ではない。同じ現象が手洗い場の後ろ壁とそこに付けられた鏡全てに起こり同じ文字を作り出す。
新しく出てきた赤い文字はさきほどの文字と違い簡単に読む事が出来た。
『復讐しろ』、『殺せ』私の眼前は目の前の鏡以外赤いその言葉で埋め尽くされた。
後ろを振り向くと、後ろの壁も赤い文字の2つの言葉で埋め尽くされていた。
私が鏡に視線を戻すと、鏡の中の私の横に昨日夢で見た蒼い目の白いワンピースの少女が立っていた。
もう、何がなんだか分からない。怖い。
色んな不幸が重なり、気が触れてしまったのかもしれない。
私の隣にいる少女は昨晩の最悪な笑顔とは打って変わり、真顔だった。
その表情は悲しそうであり、怒りに満ちているようにも見えた。
しばらくすると、彼女は口を動かし私に何かを訴え始めた。
その声ははっきりと聞こえた。
「復讐しろ」と。「殺せ」と。繰り返し呟いているのだ。
私はそんな彼女の言葉より、彼女自身に消えて貰いたかった。
なぜか、体に力が湧き上がって来ているのを感じた。
私はその湧き上がる力に任せ、鏡に写っている白いワンピースの少女に向かって思い切りパンチを入れた。
その瞬間、目の前の景色は全て元通りになった。
ただ一箇所、目の前の鏡を覗いて。
私の目の前の鏡には私の拳が重なっており、大きくひびが入っていた。
私が恐る恐る鏡から拳を離すと、私がパンチを入れた箇所から赤いシミの付いた破片がボロボロと水道台の方に落ちていった。
私は背筋が凍った。悪夢を振り払うためとはいえ学校の鏡を破壊してしまった責任感のせいも少しはあったが、大部分はそうではなく私自身の力に対してだ。
ひ弱な私が1回のパンチだけで鏡を破壊出来る訳が無い。
しかし、私の指は確かに割れた鏡で切れ少しずつ血を垂れている。
どう考えても目の前の鏡を破壊したのは私自身だ。
でも、私にそんな力があるはずがない。なのに、目の前には割れた鏡があり、私の手の甲からは血が滲んでいる。訳が分からない。
不意に私は水道台に落ちた鏡の破片の1つに映った自分自身を見た。
その鏡の破片には私の血が付いており、そのせいで鏡の中の自分の顔は血飛沫を浴びているように見えた。
それはまるで先ほど人を殺し、返り血を浴びた殺人鬼のように映った。
その像を見て私は恐怖した。鏡に映った自分が自分でないような気がしたからだ。
私はすぐに鏡の破片から目を背け、向かいの壁を見て気持ちを落ち着けた。
いち早くここから離れねばと思った。ここにいては今度こそ本当に頭がおかしくなってしまう。
私はそう決めると、逃げるようにその場を後にし、学校から飛び出した。
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