第5話
今からクラスの前を通るのを避けて2階に上がってから昇降口に迎えば確実に間に合わない。となると、取るべき行動は1つ。授業が終わる前に自身のクラスの前を突っ切る。私は覚悟を決め大きく息を吸い込んだ。
そして、一気に走り出した。まず、一つ目の教室を越えた。次に二つ目の教室、三つ目の教室。それから、最後に自分の教室に差し掛かった。その瞬間、チャイムが鳴り響き教室内の一人の少女が伸びをするついでに横を見た。
一瞬だがばっちりと横を見た少女と私の視線が重なってしまった。
「エーデル!!」私を見た少女が叫んだ。
私は足を止めず教室の前を走り抜けた。そして、昇降口に着くとスリッパを履き捨てすぐに自分のロッカーの中に入れた外履きに手を伸ばした。
私が靴を掴み下に置こうとすると、あまりにも慌てていたせいか手が滑り持っていた靴を両方とも落としてしまった。急いで拾い上げその靴を履き昇降口から出ようとした瞬間、真後ろから声が聞こえた。
「ねぇ、エーデル。挨拶もなしで帰る気?」
私が恐る恐る後ろへ振り向くと最悪の相手がそこに立っていた。サラだ。
彼女は私と目が合うなり私の方へ近付き、私の髪を思い切り掴んだ。
「生意気なんだよ!!」そして、そう叫び私の顔をロッカーの1つに思い切り叩きつけた。とてつもない痛みが額と鼻のあたりを襲う。
彼女は私の髪の毛を握ったまま一旦ロッカーから私の顔を離した。その時、ロッカーに血痕がついているのが見えた。
そして、すぐもう一度ロッカーに顔を叩きつけられた。
痛みはもちろんだが、惨めさ、悲しさ、怒り、そんなものがふつふつと湧き上がる。
サラが私の髪から手を離すと、私の体はロッカーに血を擦り付けながら崩れ落ちた。
今は彼女の足だけが見える。そこに、もう一人の足が加わったのが分かった。
「えっ、サラ何やってんの?」後から来た少女が言った。
「やるなら、こいつ自身のロッカーにやれば良かったのに。そこのロッカー使ってる人が可哀想」そして、そう続けた。
「あっ、そうか。後でちゃんと拭いておかないとな」
サラと後から来た少女はそんな会話をした。
どうして、私ばかりこんな目に遭う。どうして、私ばかりに不幸が。
私は彼女たちの顔を見上げながら、何度も心の中で唱えた。
「なに睨んでんだよ!!」後から来た少女はそんな私を不満に思ったらしく、私の腹部を思い切り蹴りつけた。
あまりの痛みに私は口から液体を吹いてしまった。
「うわっ、汚っ。バイ菌飛ばさないでよ」少女が言った。
「たくっ、汚ねぇもん飛ばしやがって」サラがそう言って私の顔面を蹴り飛ばそうとした時、襟元に潜っていたチャミが私の顔の前に立った。
「何だ、この猫?」サラは訝しげな顔で言った。どうやら、チャミもシュバルツと同じ様に私を守ろうとしてくれているらしい。
「チャミ、私の事はいいから逃げて」私は薄れいく意識の中でそう言った。それは自分が傷つくよりチャミが傷つくのが嫌だったからだ。
しかし、チャミは全く私の顔の前から動こうとしなかった。
「見てよ、ミレーマ。こいつ猫とお友達らしいぜ。超ウケる」
サラは後から来た少女にそう言った。
「笑える。貧しい生活してる者同士で息統合しちゃったんじゃない」
ミレーマはいかにも小馬鹿にした口調で言った。
「なるほど、どっちも恵まれてなさそうな顔してるしね。それにしても、人間の友達が出来ないからって仔猫を友達にしちゃうなんて、あんた最高。最高に面白い」
サラは私を見下ろしながら腹を抱えて笑いだした。
憎い、怒りたい、言い返したい事があるのに、体がまるで動かない。
「ちょっと、サラ。笑いすぎでしょ」ミレーマはそう言いながら自身も笑いだした。
意識が遠のいているせいか彼女たちの厭らしい笑い声にエコーが掛かり頭の中を反響する。それはまるで悪魔が私を笑っているかの様に不快だった。
その厭らしい笑い声はまるで止む気配がなく。頭がどうかしそうになる。
このままでは気が狂ってしまう。そんな気がした。
私はすがる思いで横を向いた。もしかしたら、誰かが来て彼女たちを止めてくれるかもしれない。そう思ったからだ。しかし、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれ、誰もいない隣側のロッカーが見えるだけだった。
私は助けを求めるのを諦め視線を下に下ろした。
最早、何をする力も残っていない。只、意識が遠のいていく。
「ごめんね」
私は目の前の白い毛並みの仔猫にそう告げ、厭らしい笑い声に包まれながら意識を失った。
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