1-14 君のいる世界

 話はここで幕引き。ネトとネトの間に産まれた亜種のネトである少女。その少女の幼き日の、小さな物語。ヒトを信じた話。


 信じたからこそ、辛い思いをしたこと。守れる場所にいたのに、救えなかった。

 ずっと封印してきた記憶と想い。思い出さないようにしていたそれは、しかし首輪のことを聞いて思い出した。


 大切な名前を無くしてしまった。付けてくれたヒトを亡くしてしまったあの日の出来事を。


 そうして話を終えた少女は上を見上げることができなかった。こんな話を聞いた青年は果たして今どんな顔をしているだろうか。


「(多分………いや、きっとそうだ…)」


 似ているのだ。そうなんとなく思えた。

 失ってしまった少女に似ている。性別も年齢も何もかも違うのに、それでもどうしてかそう思える。


 ネトをネトだと、そう言うからだろうか。ネトを生き物として扱うから。

 それは本来当たり前のことだけど、忘れていたこと。出会った少女以外にはされなかった扱い。完全になんて信じてはいない。信じていないのにこんな話をしたのは。


「(どこかで見捨てて欲しかったのかもしれない)」


 少女が自分にしてくれたように、愛されたいわけじゃない。あんな思いをするくらいなら愛情なんていらない。知ってしまった時、失った時の苦しみにもう耐えられない。

 二度もそれを味わったのだ。


 もしかしたらネトはもう、相手をそう思うことを許されていないのではないかと、そう思えるくらい。愛おしいと思うその感情すら、必要ないのだと言われているようで。


「背負うものが多いと、嫌でも君みたいに色々と抱え込んじゃうんだろうね」


 酷く優しい声に顔を上げた。見えた顔は幻滅したものでも、蔑んだようなものでもなかった。


「ああ、ようやく分かったよ。どうしてこんなにも君を救いたいって思っていたか」


 そういえば彼は最初にも言っていた。傷付けられようとも、自身の命を捨てる気持ちすら持ちながら。

 そうか。ああ、最初からだ。匂いとか、そういうのじゃない。

 そんな括りに纏められないくらいに、最初からこの青年は。


「君は泣いてばかりだ。怒りながらも泣いている。暗い悲しみを抱え続けているんだ」


 一人でも生きていかなければならなかった。想いを頭から消して、それでも逃げて生きなきゃいけなかった。

 それがかすみに出来る唯一の償いだと信じて。「生きて」と言われたから。生きなきゃいけなかった。悲しなんて気持ちも捨てて、楽しかった気持ちも押し殺して。


「でもそれじゃ、君はいつまでも笑えないままだ」


 もう楽しんだりすることすら許されないというのに、青年はそう口にした。笑え、と。


「だから、僕が君の心になる。君が幸せになるために」


 恥ずかし気もなく言い放った。見つめる瞳は真っ直ぐに見返してくる。


「君は充分に戦って傷付いてきた。もう救われてもいいはずだ」


 かすみは帰ってこない。自分を産んでくれた両親も、たくさんいたネト達も自分にはいない。失ってしまった。

 あの時引き返さなかったから。もしかしたら間に合ったかもしれないのに。なのに差し出された手段をそのまま飲み込んだ。与えられたものを与えられるだけ受け取り、自分のことだけを考えた。逃げたとは、そういうことだ。


 だから、傷付いていない。傷付いたのは、逃すために助けてくれたネトやかすみだ。そんなこと言われる資格なんてない。

 悲しむことだって本当は間違ってるのに。


「君にいつかこの世界を好きになってもらいたい。僕はそう思っているよ」


 そんな日が果たしてくるのだろうか。世界を好きになることなんて。だって今でも思う。「もし私が産まれてこなければ」と。そうしたら悲しむヒトもネトもいなかったはずだ。そう思わないことがおかしい。

 それでも青年は言う。この世界を好きになってほしいと。ネトを嫌うこの世界を。ネトが迫害されているこの世界を。


「だから、もう一度言うよ。僕は君を助けたい。その心を救いたい。君の居場所がここになるようにしたい」


 どうしてそんなに必死になれるのかわからなかった。そんなヒト、かすみ以外にいなかったから。そう言うところが、似ている。だから。


「(本当は、心のどこかで期待をしていたんだと思う)」


 認めたわけではない。ヒトを許したわけでもない。信じてみようと、思ったわけでもない。だけどここにいることを許した。


「逃げようと思ったらいつでも逃げる。危害を加えようとしたら構わずお前たちヒトを殺す」

「君の治療が終わった時には構わないよ。簡単に殺されてやるつもりはないけどね」


 それは利害の一致に近かった。握手もしない、ちゃんとした挨拶も交わさない。自分は名もないネトのまま、青年は世界一嫌いなヒトのまま。


 見定めてやろうと思った。その意思が本当なのか、偽物の感情なのかを。


だから、いつか認めたその時は。




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