1-7 平穏な日常
いつも何かに追われている夢を見て目が覚める。目が覚めると決まってびっしょりと汗をかいていた。起きるとどんな夢だったかは覚えていない。ただ汗で濡れた服を掴み、不快な気持ちだけが残る。
いつからこんな夢を見るようになっただろうか。それを思い出そうとすると白いモヤがかかり、思い出せなくなる。
けれど、きっとそれはロクでもない出来事だったに違いない。
物心ついた頃から今まで良い思いなどはしてこなかった。それは今までだけじゃない。きっとこれからも。良い思いなんて出来ないのだろう。
ヒトが存在する限り、そしてネトが存在する限り。良い思いなど。ネトに生まれた時からそれは決まっている。それが自分の人生なのだ。
木々の間を飛びながら、ふと最後に顔を見なかったヒトを思い浮かべた。
自分を病院まで連れて帰ったヒト。きがいをくわえるどころか救いたいなどと言ってきた、あのヒト。
不思議だった。今まで出会ってきたヒトはネトを見つけるや否やすぐに自身の持つ武器や捕獲道具を使って襲ってきたから。
けれど、それがヒトの使うもう一つの武器である甘い言葉なのだとしたら。そういう言葉で誘っておいて、ネトが油断や隙を見せれば後に捕らえる。
ヒトならばそういうこともやりかねない。ネトを同じ生き物として見ず、商売の目的としてしか見ることのないヒトなど。
ヒトがそんな目でネトを見ているように、ネトもまたヒトを同じ生き物として見ることができなかった。
どうしてそんなことができてしまうのだろうか、と。
同じ世界で生きている生き物のはずなのに。
むしろ他の生き物よりずっとヒトに近い生き物なのにどうして。
大きな大木に移り、考える。
けれどあのヒトからはそんな臭いがしなかった。
いつもヒトが向ける感情のこもった臭い。それは吐き気がするほど悪臭で、めまいがしそうになるくらいの臭い。
そんな臭いが、あのヒトからはしなかったのだ。自分が思った、不思議だという感情はそこからきたものだ。あの特有の臭いをさせなかったから。
いや、と首を横に振る。あのヒトだけは違うなどと思うな。ヒトなんて例外なくどれも同じだ。
再び最初と同じ思考になりそうな頭の中を次の木に移ろうとする体勢に変えて振り払う。
逃げろ、逃げるんだ。ヒトがいない所へ。ヒトに見つからない場所へ。
そこはきっとネトにとっては楽園で、幸せな場所だ。ヒトに追われて、こうして傷を負うこともない。
何もなく、平穏に過ごせればそれで。
跳んだ足に、微かな痛み。
「…っ、え?」
バランスを崩し、次の木へと伸ばした手は届かずに身体は木から離れていく。
咄嗟に受け身をとり、怪我を負うことなく地面に降り立つが、足に力が入らない。
自分の足を見ると、右太腿に小さな矢が刺さっており、じわりと服に赤いしみが広がっている。矢を抜くが右足に力が入らない。まるで感覚が無い。
「やぁーっと見つけた。随分と探したんだぞ」
隠すつもりもない足音を立てて、下品な笑いをしながら近付いてくる。
不安も何もない、そんな日常を求めていたのに、どうやらそれすらも叶えさせてくれないようだった。
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