1-5 拓人の夢

「さて、俺の話はしたぞ。次はお前だ。話があってわざわざここまで来たんだろ?」


 用事がなかったら来ないなんて思われているらしい。そんなことはない、と言おうとしたが実際前に会ったのは二年前になるのだからそう思われても仕方ない。

 そして、話があったのは事実なのだから拓人は話始める。


「…そうだね、察しが良くて助かるよ…僕もネトを見つけたんだ。今、病院にいる」

「ほお~…なるほどな」

「見つけたネトはね、亜種なんだ」


 拓人の言葉に一瞬で場の雰囲気が変わったのが分かる。亜種のネト。それだけで通常のネトより希少価値が、ぐんと上がる。つまり、ヒトから狙われやすくなるということだ。

 それを、彼も知らないわけがない。

 良太郎はため息を吐いて頭をがりがりと掻いた。


「ほんっとにお前は…厄介事を抱え込むのが大好きだな。学生の頃と何も変わってねえ」


 拓人、良太郎、そして健二の三人は同じ高校で出会った。と言っても同い年である拓人と健二と違って良太郎は六つも上で、そして学生としてではなく、良太郎とは研究者として既に働いていた。出会った経緯は偶然というか、拓人の所為というか。これまた思い出したくない過去の上位に含まれるが。


 しかし、そんな出会い方だったとしても交流が続き、こうして相談が出来る仲なのだから出会ってよかったと思える。


「んで、それをわざわざ話に来たのか?」

「そうだね。それもあるけど、僕はそのネトを治したいって思っているんだ」

「……治したい、ね。そうやって怪我まで負っているのにか?…それ、ネトに付けられたものだろ?意図的かどうかは知らないがな」


 右手に巻かれた包帯を指しながら言う。

 それは昨晩、ネトである彼女から負わされたものだ。しかし、それは意図的に負わされたものではなく、自害しようとしていた彼女に向け咄嗟に伸ばした手がたまたま右手であっただけで、つまりは自身の不注意とも言える。

 けれど、良太郎から言わせればそれは単なるネトを庇うための言い訳に過ぎなくて、結果的には“ネトに付けられた傷”になる。


「怪我なんて、獣医なんだからしょっちゅうだよ。こんなの慣れたものさ。けど、あの子は違う」


 自分が付けられたこの傷は、きっと数日も経てば治る。けれど、あのネトの傷は。

 治るよりも早く付けられ、そして身体の傷以上に深く傷付けられた彼女の心。


「その言い方じゃ、お前の治療で治るものとは思えないんだが」

「うん、あの子の傷は相当深いものだ。治るかどうかも分からないし、治療させてくれるなんて保障もない」


 心を閉ざした少女がそう簡単にヒトに心を開く筈が無い。ましてや、それらはヒトによって付けられたものなのだから決して容易ではないだろう。


「それでもね、良太郎くん。僕は獣医なんだ。全ての動物を治すのが僕の仕事さ。ヒトと、ネトも含めた他の動物の共存。それが僕の夢なんだ」


 治して救う。傷も心も。

 だから簡単に諦めない。あのネトに殺される

つもりはない。だって拓人が死んでしまったら少女を治してあげれるヒトがいなくなってしまうのだから。


「お前は俺が熱いって言うけど、俺はお前のその熱さには敵う気がしねえわ」


 良太郎は笑う。呆れたような、けれど初めから拓人がその答えを返すだろうと分かっていたような、そんな顔で。


「それで…良太郎くん。アレは出来そうかい?」

「…ハッ、カメラに映ったのがお前だったんで、まあ用事はそうだと思ってたよ」

「まあ、ネトのことを伝えるってのも勿論目的の一つではあったけどね」

「はいはい、ちょっと待ってろ」


 良太郎は膝の上に乗ったままだったアヤカを今まで自分が座っていた椅子に座らせて席を離れる。別の部屋に消えた良太郎は数分と経たないうちに戻ってくる。その手に首輪を握って。それは、ネトの首についているものと全く同じものだ。


「解除方法はわかった?」

「いや…調べてはいるが、随分と複雑でな。もう少しかかりそうだ。まあ、コイツ以外にもいろいろ作ってたから仕方ないけどよ」


 良太郎は研究者であると同時に発明家でもある。こんな見た目だが、その実力は確かなもので、来るときに見た歩道と道路に作られた二本の柱のうちの一つは彼が作ったものだ。この家の入り口にあった指紋認証のパネルも、カメラも、勿論ロボットも全て。

 その彼が、首輪の解除方法が分からないと言うのだ。


「相当頭の切れる奴が作ったんだろうな」

「そっか。うん、分かった。引き続き頼むよ、こういうの、君にしか頼めないからさ」


 ネトの味方であるというだけで、他のヒトの見方は少ない。というより、健二と良太郎以外の味方を拓人は知らない。


「ああ、任せとけ」


 話が終わる頃には飲みかけのお茶もすっかり冷めていた。それを一気に飲み干す。

 随分と長居してしまったようだ。きっと病院では健二達が首を長くして待っていることだろう。


「そろそろ帰るよ」


 やってきたロボットに、飲み終わったお茶の器を渡して椅子から立ち上がる。

 玄関に向かうと、入り口で出迎えてくれたもう一体のロボットが待っていた。


『オ帰リデスネ』


 先ほど見せてくれたように、ロボットは腹部の扉を開ける。そこから取り出された拓人の靴は、泥の一つもついていない、新品と区別がつかないほどの綺麗なものだった。

 なるほど、その腹部には洗濯機能がついているらしい。


「また来るよ、今度は二年以内に」

「ああ、そうしてくれ。じゃないと歳のせいかな。そろそろお前の顔を忘れそうだ。健二の顔なんてもう覚えてないな」

「そんなこと言ったら健二泣くよ?」


 二年経っても関係性は変わらない。良太郎はそう言っているが、きっとここに健二がいたら、三人でまた昔に戻ったみたいに話ができるだろう。


「拓人、また来てくれる?」


 良太郎のズボンを掴んだまま、拓人を見上げてくるアヤカ。拓人はその頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。


「大丈夫、また来るよ」


 そう言うと、今度はアヤカの方から手を差し伸べてくる。細い小指を出して。


「拓人っ、約束」

「…うん、約束だ」


 小さな小指。同じものをそっと絡ませた。それはヒト同士が交わす約束の印。


「じゃあ、また」


 二人に手を振って、拓人は良太郎の家を後にした。

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