ぼくが見ている

白部令士

ぼくが見ている

 町なかではない、山の道。上りなのか下りなのか、山の道。同じところをまわっているような、山の道。

 そんな山の道を、女の子が歩いていました。

 かみはツインテール。赤いワンピースをきて、赤いサンダルをはいた女の子。

「べつに、トマコはさびしくなんてないんだけれど」

 女の子は、ひとりつぶやきます。トマコというのが女の子の名前です。

「ほそい道ね。まわりにあるのは木ばっかり」

 トマコはあたりを見まわし歩いています。

「そう、おもしろくないわ。こうもかわりばえしないとね。――あら?」

 トマコはなにかに行き当たりました。

 道のまんなかにアライグマがいて、ぶよぶよした――どうやら生きものらしいのをつついています。

「あれは……」

 と、トマコは足を止めました。

「どうしてやろうか、どうしてやろうか」

 アライグマが右手で生きものをころがしました。

「どこをかんでやろう、どこをかじってやろう。おいしそうな肉のかたまりだ」

 アライグマが左足で生きものをふみつけました。

「やめて、やめてよ。ぼくをかまないで、かじらないで」

 生きものが声を上げました。もがいて、ひっしにのがれます。

「こら、やめなさい。弱いものいじめはよくないわ」

 トマコが言いました。

 アライグマはトマコに目をむけてわらいます。

「少し、はしゃいだかもしれないがな。これは、いじめじゃないのさ。ごはんの話だからな」

「ごはん? 食べてしまおうというの?」

「ああ、そうさ。たまらないな。なんたって、ひさしぶりの肉だ」

 アライグマはしたなめずりしました。

「こいつはどうせ長生きできない。できそこないのハリネズミなんてのはな」

「ハリネズミ? そうなの?」

 トマコはおどろいて、生きものを見つめました。

「あら。あらあら、なんてこと」

 ぶよぶよのひふをした生きもの。その、すがた。

 ハリネズミだというのなら、どうしたことでしょう。ハリが一本も生えていないのです。

「あなた、ほんとにハリネズミなの?」

「そうです。ぼくはハリネズミです」

 その生きものはうなずきました。

「ハリのないハリネズミが生きていけるはずがないだろう? 今、ここでおれに食べられた方が、まだ、しあわせってもんだ」

「だめだめ。そんなのよくないわ」

「よくない? なんでだ?」

「畑をあらすだけじゃ、たりないというの? そんなにかわいそうなのに、さらにいじめるなんて。トマコ、ゆるさないから」

「あらしがいのある畑ってのも、ここいらには少なくなったけどな」

 アライグマは、はなをならしました。

「それからな。さっきも言ったが、これはいじめじゃない。食べるものと食べられるもの、つまり、ごはんの話だ」

「とにかく、その子はだめよ」

「うるさいな。ごはんだって言っただろう? じゃまをするな」

「言ってもわからないなら、こうよ」

 アライグマにかけよると、トマコはけりを入れました。

「おうっ。なにすんだ」

 アライグマが右手をふり上げました。

「まだわからないの?」

 トマコは、ふたたびアライグマをけとばそうとします。けれど、今度はからぶりしてしまいました。

「ははん」

 アライグマがいやらしくわらいます。右手のツメがはっきりと見えました。

 その時です。

 どこからか石ころがとんできて、ゆだんしていたアライグマのはなに当たりました。

「ギャァッ」

 アライグマはひめいを上げ、おいしげった木のなかにきえて行きました。

「今の石ころは……」

 トマコはまわりを見まわします。けれど、道のほかは木があるばかりでとくべつかわったことはありませんでした。

「ま、トマコに当たらなかったんだからいいわ」

 トマコは気にしないことにしました。

「もう、だいじょうぶよ」

 トマコはハリのないハリネズミに言いました。

「ありがとう。たすかりました」

 ハリのないハリネズミが頭を下げます。

「ところで、いぜんに会ったことはありませんか?」

「いいえ。会ったことなんてないわ」

 トマコは首をふりました。

「ああ、ぼくのかんちがいですね。よくあるんです」

 ハリのないハリネズミがためいきしました。

「それにしても。ほんと、かわいそう。ハリネズミなのに、ハリがないなんて」

 トマコは何度もうなずきます。

「ほんと、かわいそう」

「そうですか。そりゃ、ハリでまもれないから食べられそうにもなるけれど」

「ほんと、かわいそう」

「……そうですか。それじゃ、ぼくはこれで」

 ハリのないハリネズミは小さくわらい、頭を下げて歩いて行きました。

「ハリネズミなのに、ハリがない。ほんと、かわいそう」

 トマコはハリのないハリネズミを見おくって、また歩きはじめました。


 しばらく歩いていると、トマコはまたなにかに行き当たりました。

 ツバメです。ツバメが道にうずくまっていました。

 トマコは足を止めます。

「どうかしたのかしら。あっ」

 カラスがとんできて、ツバメにおそいかかりました。ツバメは道に足をつけてふんばって、つばさをふって、ていこうします。

「わるいカラスね。なんてことをするの」

 トマコはかけて行って、カラスをはたきました。

 カラスはおどろいてとび上がります。

「なんだなんだ? お前、どうしてじゃまをする」

「あなた、ツバメをいじめていたでしょう?」

「なに言ってやがる」

 カラスは近くの木のえだに止まりました。

「いじめるとか、わけわかんねぇ。そいつは、おれのごはんだよ」

「ごはん? ツバメがごはん?」

 トマコが聞きかえしました。

 ツバメはふるえています。

「そうだ。ごはんだ」

「そんなのだめよ。あなた、どこへでもとんで行けるでしょう? ここでツバメを食べなくても、ほかに食べものをさがせるじゃないの」

「うるさいな。おそかれ早かれ、そいつは食われちまうさだめなんだ。だから、ほかのやつのごはんになる前に、おれが食ってやるのさ」

「そんなのだめよ。だめだったら」

 トマコは右手をふり上げました。

「その手で、どうしようっていうんだ? ここまできてはたくつもりか?」

 木の上で、カラスがばかにしてわらいました。

「まあ。なんてにくらしい」

 トマコはりょう手をふりまわします。

「やってろ、やってろ」

 カラスがさらにわらいました。

「ちょっと、あなた」

 トマコはカラスをゆびさします。

「そんなふうだと、今にとんでもない目にあうんだから」

「とんでもない目? いったい、どんな目だぁ――」

 わらっていたカラスの頭に、どこからかとんできた石ころが当たりました。

「あいたっ。なんなんだ」

 そう言ってる間にも、二つ三つと石ころがとんできてカラスの頭に当たります。

「ツウッ。イタタタッ。なんなんだよ、もう」

 たまらず、カラスはどこかにとんで行きました。

「また石ころがとんできた。さっきもあったわね。きっと、今日はそういう日なんだわ」

 トマコは大きくうなずきました。

「もうだいじょうぶよ、ツバメさん」

「ありがとう。たすかりました」

 ツバメは、ぐあいをたしかめるようにつばさを動かしました。何度も、何度も、動かしてみます。

「どうかしたの? カラスにけがをさせられたの?」

「いいえ、ちがうんです。……もう少し、うまくつかえないかと思ったものですから」

 ツバメはトマコにつばさを広げて見せました。あらためて見ると、右と左のつばさの大きさがちがいます。右のつばさにくらべて、左のつばさはずっと小さいのです。

「どうしたの、それ」

「ぼくは、こういうふうに生まれているんです」

「そうなの? すごくかわいそう」

「うまくとべないから、今のようにカラスにねらわれたり、アライグマにねらわれたり」

「アライグマにもねらわれたの? アライグマ。まったく、とんでもないやつね」

 トマコは、先ほど会ったアライグマを思い出してひどくおこりました。

「ほんと、かわいそう。つらいでしょう?」

「まあ、できることはぜんぶやって生きています」

「かわいそう。ほんと、かわいそう」

「……そうですか。それじゃ、ぼくはこれでしつれいします。ありがとうございました」

 ツバメは、はねるようにしてさって行きました。

「ほんと、かわいそう。あれじゃ、ニワトリの方がゆうがだわ」

 トマコはかたをおとしました。


 しばらく歩いていると、トマコはまたまたなにかに行き当たりました。

 道のはしっこに、ブリキの車がころがっています。

「あらまぁ。こんなところにブリキの車」

 トマコは足を止めました。

 ブリキの車はひどくよごれていてさびていました。

「いったい、なにをしているのかしら。あらあら、これじゃ、もう、遊んでは――ううん」

 トマコは首をふりました。

「あなた、どうしたの?」

 思い直したように言って、トマコはブリキの車を手にとりました。うらがえしてみると、タイヤのまわりにたくさんのおちばがはさまっていました。

「これじゃ、どこにも行けないわね」

 トマコはおちばをとりのぞき、よごれを気もちぬぐってあげました。

「どうしてトマコがこんなことをしているかわかる? ……べつに、なんでもないことよ」

 トマコはブリキの車を道においてやりました。ブリキの車は小さくゆれながら走って行きました。

「あら、びっくり。がんばっちゃって」

 トマコはブリキの車を見おくりました。

「行きたいのは、あちらだったのかしら」

 トマコの見ている先に、もうブリキの車はありません。

「……トマコはどこに行こうとしていたのだっけ。あちら? そちら?」

 ブリキの車がきえた方を見たり、はんたいがわの道を見たり。空を見上げたり、足もとを見つめたり。しばらくぼんやりしていると、小さな生きものが近くにやってきました。その生きものが目にうつったしゅんかん、トマコからぼんやりがとんで行きました。

「あら、カタツムリさん」

 トマコは小さな生きものをよび止めました。

「まあ、かわいそう」

 トマコはりょう手で口もとをおさえます。

「カタツムリなのに、からがないなんて。なんてかわいそうなの」

 トマコは、かみしめるようにうなずきました。

「ほんと、かわいそう」

「いやいや、べつに。かわいそうとか言われてもこまるから。ぼくはナメクジだから、からなんてはじめからないよ」

「えっ」

 トマコは小さな生きものを見つめました。

「ごまかさなくてもいいのよ。トマコはいじめたりしないから。だから、ほんとのことを言っていいの」

「いいや、ごまかしてなんかないよ。ぼくは、ナメクジ。ナメクジでしかないんだ」

「そうなの。なぁんだ。それじゃぁね」

「それじゃ、さようなら」

 ナメクジは、まっすぐにはって行きました。水気なんてかんけいないというふうです。

「よっぽどひどい目にあったのね。どうあってもみとめようとしないんだから。かわいそうなカタツムリ」

 トマコは見おくりながら言いました。


「なんだか、さびしい。……なんてね。さびしいのは、そう、おなかなのだけど」

 そんなつぶやきをもらした時です。トマコに近づいてくるものがありました。それは、トマコと同じぐらいのせたけの男の子でした。

「こんにちは」

 男の子がえがおをむけて立ち止まりました。

「あら、こんにちは」

 トマコもえがおになります。

「ああ、ここはけしきがいいですね」

 男の子は、道をはずれておちばの上にすわりました。

「そう? ほかとかわらない――どこも同じに見えるけれど」

 えがおを引っこめ、トマコは首をかしげます。

 どれだけ歩いても、道のほかには木があるばかりでした。このばしょにしても、やっぱり道と木があるだけなのでした。

 男の子は、どこからともなくまっ白なおまんじゅうを出してきて食べはじめました。

「おいしそうね」

「ええ。おいしいですよ」

 男の子は、やわらかくほほえみました。

「よかったら、どうですか?」

 男の子がもう一つおまんじゅうをとり出しました。

「いいの? ありがとう……あらっ?」

 トマコは、おまんじゅうをうけとる時に気づきました。

「あなた、右手の小ゆびがないみたいだけれど。見まちがいかしら?」

「見まちがいではありませんよ。ほら」

 男の子は右手をひらいて見せました。たしかに小ゆびがありません。

「この間のじしんでね。へんなふうにたおれこんでしまって」

「かわいそう。なんてかわいそうなの。ゆびがなくなってしまうだなんて」

 トマコの声が大きかったので、男の子は目を丸くしました。

「大きなじしんだったものね? ほんと、かわいそう」

「はあ……」

 男の子はあいまいにへんじしました。

「そんなだと、ひどくいじめられるでしょう?」

「いろいろ言うひとはいたかもしれませんね。でも、そういうひとは、ゆびがあろうがなかろうがなにかしら言ってくるものですから」

「はぐらかさなくてもいいのよ。そんなだと、いじめられないわけがないんだから」

「そうですか」

 男の子は小さく首をかしげ、まばたきしました。

「そうよ。ゆびがないだなんて。ほんと、かわいそう」

「うぅん……」

 男の子は、食べかけのおまんじゅうをひといきに口にほうりこみました。頭を右に左にふりながら、のみこみます。

「やっぱり」

「えっ? やっぱり?」

 と、トマコは聞きかえしました。どこかおちつかないふうです。

「あなたの言う、かわいそう――だけれど。それって、いじめににているね」

「はっ? なにを言っているのかしら」

「ハリネズミ、ツバメ、カタツムリではなくナメクジ、そしてぼく。あなたはずっと、かわいそうだと言いつづけている」

 男の子はゆっくりと立ち上がりました。

「やだ。見てたの?」

「ええ、トマコさん」

 男の子は、トマコの名前を知っていました。

「まって。それじゃ、アライグマやカラスに石ころをぶつけたのはひょっとして――」

「石ころを、ぶつけた?」

 男の子は首をひねりました。それいじょうのはんのうはしません。

「あなたが、ほかのものをかわいそうと言うのは、自分がふあんでしかたないから。ほかのものをかわいそうと言うことで、自分はずっとマシ――かわいそうじゃない、とあんしんしたいのじゃないかな。……ほかの気もちも、少しはあったのかもしれないけれど」

「なにを言ってるの。どうしてトマコがふあんにならないといけないのよ」

「トマコさん。あなたは、山にすてられた人形だ。山にすてられたビニール人形」

「べつに、すてられたわけじゃないわ。トマコ、すてられてない。なんだか、ちょっとした手ちがいでこうなっただけなの」

 そう言ったトマコでしたが、じつのところはわかっていました。新しい人形がうちにやってきてだいじにされ、一方で今までいたトマコは当たり前のように山にほうられたのです。

 トマコは、男の子が言ったように、山にすてられたビニール人形なのでした。

「あのハリネズミともいぜんに会っているね? あなたがすてられた少し後に、同じところにすてられたのだから」

「いやだ、知らない。おぼえてない」

 トマコはひっしになって首をふりました。

「あなた、なんなの?」

「ぼくはじぞうです。このあたりをずっと見てきました。だから知っています」

「じぞう? おじぞうさん? やめてよ。なによ、えらそうに」

 トマコはしたを出して、男の子をにらみました。

「きらい、大きらい。あっち行け」

「……さようなら」

 男の子はしずみこむよう頭を下げ、歩いて行きました。

「ほんと、かわいそう。ほんと、かわいそう」

 トマコは男の子がきえた方を見ながらさけびました。おまんじゅうはつぶれるにまかせ、りょう手でむねをかきむしりました。

「ほんと、かわいそうなんだけど。ほんと、かわいそうなんだけど」

 トマコのまわりには、だれもいません。

 町なかではない、山の道。上りなのか下りなのか、山の道。同じところをまわっているような、山の道。

               (おわり)

  
























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