24日目 Normal Kiss Canzone
二日続けて同じ夢を見るというのは、余りない。
それはつまり、人が同じものを見る、または体験するということに飽き飽きしている、ということにほからない。
人間といういきものを老けさせるのは、間違いなく年齢であるとか時間なのだが、それ以上に退屈であったりする。
というか。
それが最もまともだと思う。
人間はそれを避けようともがくが、豊富になっていく人生経験がそれを許してくれない。自分にとって重要だと思っている経験だけを残して、必要のない経験を忘れるような簡単な作りにはなっていないのである。
不便だ。
それは老人でも、青年でも、それこそ赤子でも思うことだと思う。
皆、人間という生き物の限界値を意識している。
所詮、ここまで、というような見下している、という事とは違う。
諦めている。
それは生物学的な観点からではなく、自分だけに含まれる、自分専用の人生観や運命論そのものでもある訳で。
それ故に。
どこかがたまらなく欲しくなるのである。
飢えているということに心から感謝してしまう。
僕は現実を知っている。
これが、現実であることを知っている。
現実に来てしまったことを知っている。
自分の指先がいつものように形式ばった文字を書き出すことすら飽き飽きしてしまった。
これが僕が生み出した娯楽の最高傑作であり。僕の住む世界にとっての答えであり。僕が思う妄想交じりの未来なのであり。
これらはすべて荒唐無稽でありながら、僕の経験と希望に基づく物語であることが紡がれている。
僕は、僕の置かれている状況の中で必死に息をしているし、その結果がこのような状況を作り出していることも分かる。
僕の部屋の押し入れでただ身動きもできずに固まり続ける妹の瀕死の姿も。
これは、僕を知っているすべての人のために作り出したものだ。
僕に求めたことの結果が、僕にそうさせたのだ。責任転嫁である。間違いなく、僕はそうやって逃げた。
逃げようとしたが逃げきれなかった。
日数は三十日間と決まり。
その残りの時間が淡々と減っていくことを知っていたのに、何か行動を起こすことはできなかった。諦めていたし、実際、僕に行動を起こせと求めた人たちでさえ、諦めていた。
無理だ、と。
これが最後の望みであるはずだったのに、僕は僕に期待をしなかったのだ。
押し入れから音がする。
妹が転がっている。
そう、想像してみる。
押し入れを蹴とばすと、甲高い叫び声が聞こえてまた静かになる。
僕はそれを耳の奥で、しっかりと確認してからペンを持ち、また机に座る。
窓の外は青々とした木々があり、その間を風が駆け抜けていく。
夏だ。
クーラーの効いている部屋では、外の環境など全く分からないし、出てみたいとも思えなくなってくる。
こんなにもありがたい環境の中で、今の僕は、それに報いる結果を出せずにいる。
外で誰かの叫ぶ声が聞こえる。夏休みなのだから、遊んでいるのだろう。
それも、そうだ。
僕もさっきまで遊んでいたし、昨日も少し遊んだ。
でも。
その夏休みも間もなく終わる。
死をもってして、夏休みは終わる。
夏休みが終われば、僕は死ぬ。
永遠に続かないのである。
窓を叩いてから、冷たい表面を舌でなめとってみる。僅かな埃が風圧で口の中に入り、喉に張り付いたのが分かった。
「僕は、必ず、Amazon Blueを見るんだ。」
押し入れに近づき、また蹴とばす。
「お前がっ、どんなことをしようと。絶対だっ、絶対っ絶対っ、あのAmazon Blueを見るんだっ。見るっ、見るっ。見る、僕は見るっ。見るぞっ、見るんだっ、生きてみるんだっ、必ずAmazon Blueを見るっ、見るんだっ、見るっ。殺されないっ、殺されないっ、僕は殺されないっ、殺されないで済む僕っ。僕は、大丈夫な側で、大丈夫じゃない側の僕はいないから、大丈夫っ。ここから先の僕は絶対大丈夫っ。オーケーな方っ、僕は、ああっ、あっ、そうっ。そうです。大丈夫な僕ですっ。」
押し入れを何度も何度も何度も蹴とばす。
「大丈夫っ、大丈夫っ。僕っ、大丈夫っ。僕は、大丈夫っ。絶対死なないっ、僕っ。本当に大丈夫だから、安心人生まっしぐら。Amazon Blueだってちゃんと見れちゃう。何度だって見れちゃう。やった。やった。よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。やったぁぁぁっ。嬉しいっ。安心人生ゲットォォォォォォォォォッ。」
つま先から血が飛び散り、カーペットを濡らす。
でも。
押し入れは何度も何度も蹴る。
大丈夫じゃない妹は駄目で。
大丈夫な僕は良い。
だから、何度も何度も蹴る。
そして。
僕は六日後に絶対死ぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます