18日目 King Joe House

 男として生まれた。

 男として生きていくつもりだ。

 そして。

 別段差別をしようとか、そういう気持ちもない。

 それが前提にあったとして。

 僕は確かに、同性から告白されることが多かった。それだけ、そういう感情を持つ人たちからしたら、見た目や性格がとても合うのだと思う。むしろ、僕のような存在が同性愛者ではないという事の方が、遥かに問題のように思えたのではないだろうか。

 僕はそういう意味では、例外なのかもしれない。

 告白をしっかりと断ったことで、多くの問題に巻き込まれたこともある。

 後ろからバイクで、近づかれて後頭部をバットで殴られたこともある。

 それこそ、財布を盗られたこともある。

 駅のホームから突き飛ばされそうになったことも当然ある。

 僕はそうやって生きてきたし、今後もそうなのだと思う。

 僕は、何日か前から行方不明になっていた猫と一緒に外にいた。

 誰もいない空き地だった。

 このあたりに空き地があることはしっていたし、昔はここでよく遊んでいたものだ、と感慨にふけってもいた。

 けれど、完全に記憶から消えていたのだ。特にそこに深い意味はない。

 ただ、同級生が埋まっているというだけだ。

 事故だったということにしているが、誰も事故などとは思っていない。

 元々、工事現場だったここで子供同士で遊んでいて、ふざけた拍子に死んでしまった。子供同士でどうすればいいのか分からず、そのまま無視したら、その同級生の死自体がそもそもなかったことになった。

 別に何かオカルトめいたことがあった、という事ではない。単純に、子供が一人、この場所で亡くなって、そのことが余り地域で知れ渡るべきではないという判断が下されて、警察もある程度簡単な処理で済ませてくれたのだと思う。

 では、何故、その死体が未だにここにあると言われているのか。

 単純だ。

 その同級生の死体は、コンクリートの中に入り、結局取り出すためにはそのコンクリートを破壊する必要が出たからである。

 所詮、噂の域は出ないが、体の一部分が未だにこの下に埋まったままであるのだが、それが首の部分であるとか、そういうことになっている。

 つまり、何かしらは間違いなく埋まっているのである。体の一部分ではあるが。

 少し大げさに表現すれば、いかようにでもなる、ということなのだ。それでもやはり気味の悪いと感じる人は多いことと思う。

 猫は空き地の中で、その同級生が亡くなった場所から動くことはなく、地面を見つめながらずっと鳴いている。

 僕はそれを聞きながら空き地の隅にある、大きな木を見つめる。

 ここでも、人が亡くなった。

 自殺で。

首を吊っていた。

 死んだ人は。

 いや。

 彼は。

 僕に告白して、フラれたあとに死んだ。

 首を吊って。

 死んだ。

 遺書はあったそうで、僕の名前がそこにはあったそうだ。

 遺族の人は、むしろ謝りに来た。

 うちの息子が、迷惑をかけたようで申し訳ありませんでした。遺書の内容を見て、いてもたってもいられなくなり、ここに来た次第です。本当にすみませんでした。

 そんなような内容だったと思う。

 僕は忘れることにした。

 空き地の奥には、土管が二つある。かなり昔からあるので、ひびも入っているし、どことなく変色もしている。使われることはないだろう。

 あの空き地の中で、ホームレスと、女子高校生が抱き合うようにして亡くなっていたと聞いたことがある。

 誰かが。

 あの空き地はよく人が死ぬ。と言っていたのを聞いたことがある。

 なんとなく、納得できる。

 死ぬことをみんなで、いけない、いけない、と叫ぶものだから。

 社会が死ぬことを、いけない、いけない、と語るものだから。

 とうとう、死ぬ場所としてここが選ばれるようになった。家で死んでもいいし、川で死んでもいいし、ホテルで死んでもいいのに、まるで、どこか特定の場所で死ななければいけないかのように、人は追い詰められ始めている。

 僕は思う。

 いつか、死ぬ。

 僕は間違いなく死ぬ。

 そんな僕でさえ、決まった場所に行って死んでくれと言われるのだろうか。

 死を身近で感じると気分が落ち込むので、余り見えないところでこっそり死んでくださいと言われる日が来るのか。

 そういう文化は、とても生きている人に優しく、健全さを保つのだろう。

 気分が悪くなるものは、余り近くに置かない方がいいのだろう。

 僕は自分の思い出を集めようとしているが。

 僕という存在は少なくとも、誰かの思い出の中に存在することができている。

 そういう思い出の中の僕は。

 憎まれているのだろうか。

 馬鹿にされているのだろうか。

 褒められているのだろうか。

 愛されているのだろうか。

 人の評価が全てはないけれど、それでも気にしているのは。

 僕は死ぬまでに集める思い出に意味があると。

 僕が思いたいと心から願ったためか。

 空き地に人が入ってきた。

 小太りの中年だった。

 猫を連れていた。

「それ、君の猫なの。」

「はい、あの、僕のではありませんが、今は僕の家にいます。」

「あぁ、そうなんだ、ふうん。まぁ、いいんだけどさ、メール読んだでしょ、その猫さ、うちの猫のペニス噛みちぎってるんだよね。どうしてくれるわけ。これ、普通に裁判とか、警察もんだよね。お金払ってもらうから。」

「無理です。」

「無理ならなんで、ここに来るわけ。払ってもらうからって、メールに書いてるよね。」

「読む気なかったので。」

 僕の猫が、空き地に入ってきたその男の飼い猫に飛び掛かる。

 一瞬で耳を噛みちぎり、今度は鼻の肉に爪を食い込ませる。

 飛び散る血液は、空き地の地面にも空間にも伸びていく。

 ここは。

 そういう空き地なのだからしょうがないと思う。

 そして。

 僕は十二日後に絶対死ぬ。

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