19日目 Mash Money Trap

 僕は、今日、彼女と一緒にピザを食べる予定だった。

 何故か。

 単純だ。

 僕はピザを食べたことがなかったのだ。

 本当に。

 不思議なもので、それは彼女もいっしょで。

 初めてのピザを食べようということになった。

 町の外に出て、十五分。

 かなり歩いたと思う。

 気が付くと、僕と彼女は隣町すら過ぎていた。目当てのピザ屋がどこにあるかなど分からない。

「本当に、ピザを食べる気があるの。」

「あります。」

 僕はそう言葉を吐いた。

 しかし、僕はこの辺りにピザ屋があることを知らないし、調べる気もなかった。ピザを食べるという目的は持っているのに、実際はただの遠出になっていた。

「これは、ただの散歩なの。それとも、ピザを食べるための移動なの。」

「どうであったら、納得できますか。」

「何が。意味わかんないんだけど。」

「例えば、ピザを食べる予定で歩いていたとして結果的に食べられなかったということになっても、納得できますか。」

「できる訳ないでしょ。」

「そうですか。僕は納得できます。」

「なんでよ。」

「なんでもです。」

 僕は黙って歩いた。彼女はその隣を歩いた。

 途中、お面を被った人たちに会った。

 赤いお面をしていて、銃のレプリカのようなものを持ち、皆で棺を抱えていた。

 僕たちの方を見て、舌打ちをしたが、何か危害を加えてくるわけでもない。

 彼女は食って掛かろうとしていたが、僕はそれをなだめた。うごめく感情の違いに差はないけれど、忘れてしまえばいいと本気で思ったからだ。このまま記憶の片隅に追いやってしまうことの方が何倍もいい。

「この辺りの風習はご存知。」

 棺の中から声がする。

 僕と彼女は目を合わせる。

「知りません。」

「貴方たち、この辺りの人ではないでしょう。というか、この辺りに住んでいたとして、この風習について知っている人がまずいないけれど。」

「どういうことですか。」

 棺が地面に置かれる。

 中が開かれた。

「随分と小さいですね。」

 中にあったのは干からびた兎の死体だった。

「おまじないか何かですか、これは。」

 赤いお面を被っている人たちは一切答えなかった。ただし、棺の中からは干からびるまで放置したのだろうか、腐臭が籠っていた。

 彼女がそれを大きく吸い込んでしまい、草むらで嘔吐を繰り返す。

 僕はそれを横目で見ながら、赤いお面の人たちの眼をただ見つめ続けた。何か意味があった訳ではない。少なくとも、ピザを食べに行こうとしてあてどもなく歩くくらいなのだ。

 とてもではないが、この行為自体をおかしいと批判する立場ではない。

「僕はもうすぐ死ぬんです。」

 彼女には聞こえない、そんな小さな声で、そう告白した。

 赤いお面の人たちは分かっていた、というように、深く頷くと棺の中にあった兎の死体をどこかに放り投げて、両方の掌を向けて棺の周りに並べて見せる。

「僕は結構です。まだ、残り日数がありますから。」

 その瞬間。

 僕は体を大きく揺らして、息を大きく吐き出した。

 自分から行った行為ではない。

 勝手にそのように体が動いたのだ。

 こめかみから血が流れ、僕の皮膚が引き裂かれている。体が地面に横たわっていることに気が付く。

 彼女が立ってこちらを見つめていた。

「大丈夫なの。」

「何があったんですか。」

「急に倒れたから何事かと思った。」

「あの、ピザは。」

「さっき、滅茶苦茶チーズの多いピザを食べたじゃない。ちょっと、大丈夫なの。」

 僕は以外にも軽く感じる自分の体を簡単に動かして立たせると、自分の中に感覚が落ち着いてくるのを静かに待った。

「お腹が空きました。ピザを食べに行ってもいいですか。」

「また、食べるの。」

「駄目ですか。」

「いいわ。なんか、それって自由ね。」

「気が付くと、いつも自由です。」

 記憶も、心も、体も。

 地に足付いた、不思議な自由。

 そして。

 僕は十一日後に絶対死ぬ。

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