13日目 Hell Shape Trance
僕の家には、アルヴェチカスタンダードの二部作の、一部で描かれた犬の骨格をそのまま縮小し、標本にした作品がある。大して重くもなければ全くといっていい程、邪魔にもならないので、自分の部屋に置いている。
どこから持ってきたのかを語るには、色々と話べきことがあるが。
盗んできたことと。
美術館。
という言葉で事足りる。
僕にとってアルヴェチカスタンダードは、かなり思い出深い芸術家なのだ。なにせ、僕が人生で初めて会い、握手までしてもらった芸術家だからだ。その時には、既に、アルヴェチカスタンダードは芸術家として大成していて、億越えの作品を幾つも作っていた。
母親が昔、芸術関係の仕事に就いていたので、そのつながりで合わせてもらったのだと記憶している。
特に、アルヴェチカスタンダードの作品は、誰もが見て驚くようなものであったし、それをわざわざ説明する意味を持たないものだった。そのような作品を意識して作っていた事も間違いがなかったが、僕からしたらそれは自分の心を持ったもう一人の人間がいるという甘美な妄想に取りつかれるきっかけともなった。そして、それが同じ子供ではなく、全くの大人であるという事も作品以上に大きな驚きを与えてくれたのだ。
「これのどこが凄いの。」
「僕は凄いと思います。」
「あたしも、凄いと思いたいから説明してよ。」
「説明を求めている時点で、無理です。諦めてください。」
「嫌。感動したい。だから教えて。」
「教えたところで、感動できそうですか。」
「なんとか、頑張って感動する。」
「感動って、たぶん、そういうものじゃないと思いますよ。」
「それは、あんたが思う感動でしょ。」
「はい。」
「人に自分の哲学を理解させるのが芸術であって、それを押し付けるのはただの我儘だと思わない。」
「思いますね。」
「だったら、素直に理解できるわけがないという押し付けをやめてこの作品の素晴らしさを説明してよ。できるかぎり、分かりやすくね。」
「そうですね。」
「あたしとどっちの方が綺麗なの。」
「この作品ですね。」
「あたしとどっちの方が可愛いの。」
「この作品ですね。」
「あたしとどっちの方が好きなの。」
「この作品ですね。」
彼女が僕にキスをする。
「あたしとどっちの方が、好きなの。」
「この作品ですね。」
「空気読んでくれない。」
「好きなのは作品です。大好きなのは貴方です。」
彼女が僕の肩を叩き、大きな声で笑って見せる。
「中々やるじゃん。」
「光栄です。」
僕は窓を開けて、外を眺める。
いつの間にか、夜空になっており、星がいくつもいくつも流れていく。
確か、今夜は流星群だそうだ。美しい時間が流れていることは間違いがないが、これをこのまま自分の記憶にとどめておこうとする行為は無粋そのものかもしれない。
僕が、この景色を見るのは二度とないだろう。
彼女は僕を見つめていたが、僕は彼女のことを見つめられなかった。
「いつか、死ぬとしてさ。その時、あんたはあたしのこと選ぶわけ。」
「どう思いますか。」
「分かんない。」
「不安なら、もっと愛してください。」
僕は窓をゆっくりと閉める。
そして。
僕は十七日後に絶対死ぬ。
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