12日目 Dance Loop Calypso

 僕は美術館に来ていた。

 彼女はここには来ていない。

 当然だ。

 彼女は芸術が理解できない。

 僕も理解ができないが、彼女と違い理解しようと思う。そういう心がある。

 彼女はただの紙に絵の具かなんかが乗っているだけだとしか思っていない。

 正直、僕もそう思う。

 僕の同級生たちはまず、美術館という場所に行くわけもない。高校生で美術館に行くのが趣味というのはかなり変わっていると言える。

 冷静に考えてだ。

 その証拠に、美術館に行かないか、と誘ったところで誰一人としてこない。

 芸術というのは正直、不思議なジャンルであると思う。

 僕にも描けそうなものに何億という評価額がついたり、その評価額を見つめて妥当かどうかを理解できる人間もいるのだ。そもそも、芸術というものをお金という数値によってある程度評価できてしまうという構造が理解できない。

 芸術家の人たちはそれでいいのだろうか。

 例えば。

 芸術家のドキュメンタリーで見かけるのだが。

 自分の経済的な貧困状況が芸術活動を行っていることに起因しているとわかっているのに、やめられず、清貧という言葉で片づけていたりする。

 清い貧しさ。つまり、清貧。

 何を言うか。

 本当に貧しい限り、清いわけがない。

 清貧というのは、基本的に使われないことに意味がある言葉なはずだ。

 積極的に使いあって、貧しい者同士認め合ったところで何になるというのだろう。

 その経験がいつか、お金になるとかそういうことなのだろうか。

 それとも、お金に変換できなくとも意味があるということなのだろうか。

「記憶や思い出もそうなのかな。」

 僕は記憶や思い出を集めたいと思っている。

 死ぬ前に。

 少しでも多くの思い出が欲しいのだ。

 だからと言って、そこで無理をして思い出を集め続けるのもどこか違う気がしている。当たり前の日常の中に、自分の考えとしてそのようなものを持っていることが重要だと感じている。

 これも、思い出や記憶の清貧なのか。

 結果、哲学が先行し記憶的な経済状況が回っていないことを良しとしている。

 言い訳か。

 気づかぬうちに僕はしているのだろうか。

 いや。

 している。

 美術館の外観は美しかった。

 二か月ぶりくらいだったが様変わりしている部分は多い。

 洋館のような造りでありながら、至る所に幾何学的な日本古来のモチーフをふんだんに使っていたりする。このあたり出身の芸術家がお金を集めて建築したそうなので、この美術館自体が何かしらの建築賞に輝いたそうだ。

 ただし。

 窓が割れていた。

 割れていない窓のほうが少ないのだ。

 入口は当然閉じられている。

 エントランスは見えるものの、閉館、の文字。

 ネットで調べたときは、普通に、あいていることになっていたというのに、不思議なものだ。

「おお。どうした。お前、美術館とか好きなのかぁ。おいおい。」

 後ろから美術教師が歩いてきた。

 上と下で一本ずつ前歯が金歯になっているのだが、それが太陽の光を反射して輝いている。

 学校以外の教師をしていない時も、このような服装だとは思いもよらなかった。

「ここの美術館、久しぶりに来たんですけど。」

「あぁ。爆弾魔が出ただろう。そのせいで、なんか美術館の空調やら設備やらがやられちゃって、中の美術作品の何点かが劣化したんだとよぉ。それで、責任問題になって館長が逃げちゃったんだと。」

「作品の回収はしないんですか。」

「国とか市が運営しているもんじゃないしなぁ。ここ、東京のお菓子屋が建てた美術館だし、そういうのは後手にまわってるのかもなぁ。とか、言いながら本当に価値のあるもんは、多分、移してるだろう。」

「これから、中に入ろうと思うんですけど。一緒に来ませんか。先生の授業を実際の芸術作品を前にして受けてみたいです。」

「まぁ、カワチ サクラの戦後美術御膳大師の下絵があるらしいから、それを一緒に盗んでみるかぁ。」

 僕は微笑んでしまう。

 だったらカワチ サクラの近代モチーフの方が価値がある。

「家のトイレに、ちょうどいい大きさでなぁ。うん。」

 同時にあくびをしながら歩みを進める。

 そして。

 僕は十八日後に絶対死ぬ。

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