9日目 Robot Color Dub
猫がどのようなことを考えて、僕の家にやって来たのかということを僕はまだよく分かっていなかった。
単純な理由だと思っていたのだ。それこそ、ただ猫として人間に可愛がられたいであるとか、餌が欲しいだけであるとか。
そんなところだろう、猫なんて。
そう思った。
というよりも、僕以外の家族でさえそう思ったのだ。
結局、昨日から僕の家に居付くようになってしまった猫は、そのままここにいることを良しとされるのを待つかのように、僕の家族に、そして僕に、しっかりと媚を売った。
猫に隣を歩かれて。
その次に死体を見て。
不審者から逃げて。
そして。
家に来て。
日が落ちて。
月が昇り。
月が落ちて。
日が昇った。
そう、今日が午後になり。
夕方。
猫は家の外へと出た。
先ほどまでずっと、猫は僕と遊んでいたのだ。間違いなく、僕のことを遊び道具として認識していたに違いない。何かに導かれるような感じ、というのが近いだろう。
猫は僕の方を見てから、家を出て右に歩き出した。
僕は家族に何も言わずに家を出た。
良い風の吹いている日だった。
その日、初めて外にでたことで、感じることのできた風を過剰評価してしまったのかもしれない。けれど、やはり、そこで浴びた風は心地よかった。
もうすぐ、しっかりと風が吹き、誰かが泣いた後のように汚い土を作る雨が降る。どうにかしようとしているのに、行く当てもないような大きな音が聞こえる。
そんな感じの未来。
ニートがそのまま部屋の中で発狂したときのような衝撃の。
雨が降る。
というか。
嵐が来ると何となく、感じた。
猫はそれを知っているのだろう。
そのまま歩き続ける。
僕の方を見ながら。
歩いている時間は非常に長かった。途中、僕の家の周辺にはこんな道があるのか、と思うくらいの発見はいくつもあった。まるでどこか別の場所にでてしまうのではないか、というような不安だけが何となく、浮かび上がっては腹の中で納まる。
行きついた場所は知っている所だった。
けれど、この角度で見たことはなかった。
そういう場所だった。
中から声が聞こえる。
「何もねぇくせに、なんでそうやってきやがるんだ、てめぇみてぇな野郎は。バカなんじゃねぇか。本当にバカなんじゃねぇか。忙しいふりしやがってこっちがわざわざバカなふりしてやがるとつけあがりやがって。一体、どこまでこっちに寄ろうとしてんだよ。てめぇだよ、てめぇだよこの野郎。ぶっ殺してやる。こっちに来い。いいからこっちに来やがれって言ってんだよ、この野郎。ぶっ殺す。絶対、ぶっ殺す。本当は俺のこと、汚いとか、臭いとか思ってるくせに、口から言わないでだらだらだこっちを見てやがる。どういうことだ、おら、おい、おら。お前のそういう自尊心を満たすために、こっちがいる訳じゃねぇんだよ、諦めてんじゃねぇよ。そういう目で見やがって、何を思ってんだ。おい。近寄って、来いよっ。おいよぉっ。」
そこは近所でも有名なゴミ屋敷だった。
玄関に積まれたタイヤで中が見えないが、家主がビニール袋を上下に鳴らしながら僕のことを見つめているのが分かった。
外国人だった。
見たところ、北欧の人間だと分かった。
「僕は、無知な人間を見せられてそこから何かを学べるほど機知にとんだ人間ではないです。それでもこういう人種を見るべきということですか。」
猫に尋ねているのに、猫はこちらを見なかったし、ゴミ屋敷の家主も余りその言葉を気にしていないようだった。
「おめぇに言ってんだあ。おめぇに言ってんだあ。」
タイヤの隙間から何か白い液体のようなものが飛び出してきて、僕は横へと移動する。
「大丈夫かい。」
いつの間にか、隣にはスーツ姿の男が立っていた。
名札が付いている。
市の職員らしかった。
七三分けに黒縁眼鏡だった。
猫がその職員の足元に絡みつくように肌を押し当てる。
「初めまして。君は、高校生かな。」
「初めまして。市の職員さんですか。」
「はい。そうですけども。ちょっと、この中の人と契約を交わす必要があるので待っててくださいね。」
「はい。」
「えぇと、まず、親御さんには連絡をしておいてね。携帯電話とかあるかな。」
「はい、あります。」
「そう、じゃあ良かった。じゃあ、君はこのまま、あそこにある私の車に乗って待っててくれるかな。」
「分かりました。」
職員が含むような笑い方をしてから僕を見つめる。
「お前、高校生のわりに。これから誘拐されるのに、聞き分けがいいだろ。そういうところで、自分のこと頭良いと思ってんだろ。なぁ。マジでやばいなお前。知ってるの、知ってるの。ねぇ、知ってるの知ってるの、ねぇ、知らないでしょ、本当は知らないでしょ。」
猫がずっと鳴いている。
威嚇の鳴き声ではない。
酷くリラックスしている。
「人って、だらっと死ぬからね。」
僕は今日中には自宅に帰れなくなる。
そして。
僕は二十一日後に絶対死ぬ。
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