10日目 My Sweet Jazz
「で、大丈夫なの。」
彼女は僕の右隣に立ち、鼻で笑った。
左隣には九日前に僕を振った可愛い同級生と、三年の生徒会役員で清掃委員会委員長の首だけの死体があった。
僕は声を出すこともできずに、そのままの状態を維持する。
さるぐつわ、というものを人生で初めてさせられたし、拷問一歩手前までいったのも今日が初めてだ。
悔しいことに、正直、本当に、本当に軽くだが、漏らした。
怖かったからだ。
言うまでもなく。
何故、ここが分かったというのだろう。
こんな辺鄙な場所に、僕が誘拐され監禁されているということに。
それこそ愛の力というやつなのかもしれない。彼女を作っておいて良かったと心の底から思えた。
時間は、おそらく日付が変わって少ししたあたりだろう。
十二時過ぎの一時前。
一番気分が高ぶり、テレビやラジオは面白くなり、このまま死を迎えても悪くはないと心から思えてしまう時間帯。
悲しいかな。
彼女が来なかったら、僕は間違いなく、このままこの場所で殺されることを良しとしていただろう。
三十日後。
死亡。
それらの単語、言葉の連なり、文章。最早なんでもいいが。
頭の中を駆け巡っていたという時間はしっかりと過ぎている。
そのまま放置されていても、頭に溶け込むことはないが、決して受け入れられない訳ではない。
死ぬのが怖いということではないのだ。死という事象が妙に自分の近くにあって、変に恰好を付けるというか、妙な冷静さというものが取り除かれてしまう。
職員は。
彼女が持ってきた出刃包丁が右目に刺さり、胸にアイスピックが刺さっている状態で、壁に寄りかかるように座っていた。
笑っていた。
というよりも、笑っているように見えてしまった。
お互い不謹慎な性格と、不謹慎な生き方をしているのだ。このあたりのところはお互い、許すという形を取るべきだろう。
心臓が止まっているかと思いきや、何となく指先を動かしてみたりしてこちらを観察している気がする。死んでいてただの痙攣なのかもしれないのだが、生きているという可能性がどうしても拭うことができない。
「で、市の職員さんだっけ、それとも町の職員さんだっけ。なんなのあんた、誘拐したりしてなんか意味があるの。ねぇ、死ぬ前に答えて欲しいんだけど。」
彼女が職員に近づき、右ひざに、もう一本のアイスピックを突き刺す。
血飛沫と、透明な液体を飛ばしながら右脚を痙攣させている。
痛々しくて僕は目をそらした。
こういうのを見た経験はあるのだが、どうしても慣れない。というか、慣れない方が健全だと思う。
僕の彼女が慣れすぎている。
「あのさ。」
「あ、やっぱり生きてんだ。なんで、そうやって死んだふりすんのよ。」
「三十日後。」
「は。」
「三十日後に死ぬ。」
「何が。あんた、バカなの。何言ってる訳。ホントに。」
「三十日後に死ぬと何人も言われた。そうやって何人も三十日後に死ぬことになった。」
「何のこと、それ何。オカルト、呪い。それとも集団自殺するなんかサークルとかある訳、この町に。それともそれがたまたまこの町に来たってこと。マジキモいんだけど。」
「みんな、急いでいる。三十日後に死ぬことのために、この町に集まって思い出を集めてる。」
「抽象的すぎて、ほんと何が何だか。」
僕は唸り声をあげることもなく黙って聞いていた。
三十日後の死は、間違いなくこの僕に降りかかっている事象と同じだろう。
つまり、だ。
僕だけではなかったのだ。
死を知っている人間は。
「お前の親父が爆弾魔として動き出したのも、この町で人が死に出したのも、動き出す人間が増えたのも。」
「死ぬまでの思いで集めってこと。で、何。本当にそれで、なんな訳。」
「死ね。」
その瞬間。
彼女の左足が、職員の胸元に刺さっているアイスピックを静かに押し込み始める。
「あんたさ、あたしの彼氏に手ぇ出しといてなんな訳。」
「おおおお。おっ。おっ。お。」
「おおおおっとか、うるさい。そういうのいいから。」
「おあっ、やめぇでぇっ、あっ、あっ。」
「いやいや、うるさいうるさい。」
やがて。
職員は静かになった。
僕の彼女の手が近づいてきて、さるぐつわを外してくれる。
「大丈夫。」
「助けに来てくれてありがとう。」
「良い彼女持ったでしょ。」
「うん。」
そして。
僕は二十日後に絶対死ぬ。
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