6日目 Fat Queen Lullaby

 近くの小学校で起きた爆発は、そのまま連鎖するように続いた。

 マンションと、小学校がもう一つ、中学校の爆発もあった。

 それらは決して、生徒の科学実験などによるものではない。爆発物による爆破であった。

 それぞれ。

 八人。

 十八人。

 二十三人。

 四人。

 と死傷者を出した。

 町の人間たちが恐れたのも無理はないし、それこそ、僕でさえいい気持ちではなかった。

 教師たちには休校が続いたことによって教育委員会から緊急発令でも出されたのだろう。

 生徒である僕たちには宿題などが大量にだされた。

 これにより、単位の取得を強制的に行わせること、そして行ったことにすること。

 これが目指すべき条件となったようだった。

 僕は割と計画的な方なので、その点で言えば、他の高校生とは一線を画して進めることができた。

「学校がお休みだからって、僕の家に来るのは良くないです。」

「別にいいじゃない。私、好きなんだし。」

「ありがとう。でも、危険です。」

「会えない時間が続く方がよっぽど危険なの。分かるでしょ。」

「よくそんなことをすらすらと言えますね。」

「本気だもの。」

「本気なら猶更、難しいです。」

「それって矛盾してるように思うんだけど。」

 その瞬間。

 また爆音が響く。

 窓を開けると煙が立っていた。

「銭湯ですね。」

「みたいね。」

「あの、銭湯もう廃業していましたから、多分、爆弾仕掛けるの簡単だったでしょう。」

「そう思う。」

 彼女はそう言うと、僕の頬に急にキスをして元いた位置へと戻る。

 彼女の通う学校からも出された宿題が、所狭しと僕の机に並んでいる。そのため、僕は先ほどから床に宿題とノートと教科書を並べていた。

 別に、気にはならないが。付き合い続ければ、このままの状態がただ当たり前になるのだろうな、となんとなく思った。

「あたしのパパ。脱獄してから、直ぐに爆弾魔に復帰しちゃったから。なんか、ごめんね。迷惑かけて。」

「娘として心配なんですね。」

「パパが亡くなってもさすがに、それは自業自得だと思うけど。」

「ドライ。」

 隣の壁が大きく叩かれ、天井から僅かに埃が落ちてきた。

 二回ほどだったと思う。

 僕はそれに挨拶するかのように壁を四回蹴った。

「誰、隣にいるの。」

「僕の兄です。」

「引きこもりなの。」

「就職活動に失敗したみたいで。」

「そっか。それは心配だね。」

 彼女は思いっきり僕が蹴った部分と同じ場所を四回蹴って、同じく四回壁を殴った。

 兄の方からまた音が返ってくるであろうタイミングを見計らって、彼女はまた壁を蹴り続ける。回数ではなく時間にして二分と少しくらいだった。

「いい雰囲気だったんだよ。邪魔すんじゃねぇよ、クソニート。」

 唸るような小さな声は、兄の耳に届くことはなかっただろう。それでも彼女の殺気は届いたのかもしれない。

 次の瞬間。

 兄貴の部屋の扉が開く音。

 こちらに向かう足音。

 そして。

 僕の部屋の扉が開く。

 兄がいた。

 当然。

 人の形をしていない、丸そのものの兄がいた。

 鼻の穴が大きく、フケのついた長髪に伸びきった爪。青いジャージを上下着て、腕まくりをしていて、ずっと両腕で書き続けていた。血で滲んだ赤いかさぶたが僕の部屋のカーペットに次から次へと積み重なっていく。

「いい加減にしろよ。お前、弟のくせに。俺のこと、兄貴のこと、なめてるだろ。」

「お邪魔してます。弟さんと仲良くしています。同級生です。」

「あ。はじめまして。どうも。」

「どうされたんですか。」

「あ。いや、えと、そのですね。」

「はい。」

「えぇと、いいです。もう。」

「何がですか。」

「いや、大丈夫です。」

「あぁ、でも、何かの用事で来たんですよね。」

「いいですいいです。もう大丈夫です。すいませんすいません。」

 扉が勢いよく閉まる。

 廊下から。

 兄のすすり泣く声が聞こえた。

 短い距離を走って部屋に戻る。

 その足音も、しっかりと聞こえた。

「あれは、ないわね。マジで。」

 その言葉が言い終わらないかどうか。

 その時だった。

 兄の部屋の壁が明らかにこちらに向かって歪んだのが確認できた。

 僕は彼女に急いでキスをして、また離れて行く。

 そして。

 僕は二十四日後に絶対死ぬ。

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