2日目 Pink Sex Serenade

 子供の頃、仲良くしていた女の幼馴染がいた。

 幼馴染には兄がいて、僕はその兄にとても仲良くしてもらっていて、その結果、その妹である幼馴染とも仲良くなることができた。ボールで遊んだことも、人形遊びをしたことも、ゲームをしたことも覚えている。

 およそ、子供の頃に考えつく限りの遊びをしたのだと思う。

 その後。

 その兄が。

 バラバラ死体で発見され。

 右腕がその幼馴染の家の郵便受けに入れられていたこともあった。

 幼馴染はそれから二年間学校に通うことができなくなり、摂食障害になった。

 僕はそこから一気にその幼馴染と関係が薄くなっていく。僕の父親も母親もやはり、そういう女の子と関係を持っている、という事自体避けたかったのだと思う。地域の目が怖かったのだろう。

 僕にはそんなことは分からなかったから、理不尽だという感覚もなかった。自分の感情を優先させるよりも、そういうものとして理解して、そのまま従ってしまう方が楽だったのだ。

 今、思えば。

 それは、今の僕を完全に構築する要素として成り立ってしまった。

 もう、外すこともできない。

 それから間もなくして。

 幼馴染もバラバラ死体で発見された。

 そして。

 その死体は。

 今、僕がいるジャングルジムの周りに撒かれていた。

 今日。放課後。

 僕は学校を出て、そのまま藪の中を通り、使われなくなった公園に来ていた。

 それこそ、幼馴染がそこで死ぬまでは、その公園には多くの子供たちが遊びにきていた。

 何十年も前、それこそ僕が生まれて間もない頃になると、そのあたりは人さらいがよく出るという噂があった、と祖母に聞いたことがある。

 今のは、あくまでこの町の歴史だけれど。

 まるで、そうやって町の歴史に則るように、やはりそこは公園としての機能を完全に失うこととなった。

 僕にとって、それは感情を揺さぶるようなことですらない。

 もう子供の頃の話だし、正直言って、その幼馴染の顔すら頭に浮かぶことはない。

 僕はジャングルジムの一番上の段に、腰を掛けるような形で空を見上げていた。

 月は出ていなかったし、星もなかった。

 まだ、時間は早い。

 ここに。

 ここに。

 幼馴染の肉片と血は、しみ込んだのだ。

 それを思うと、この場所にはやはり怪談の一つでも生まれるべきなのではないか、と要らぬ心配をしてしまう。

 あの後のこと。僕は大人たちから伝え聞いた。もしくは他の友達から断片的に情報を提供された。

 所詮。

 そんな身分でしかない。

 まず、単純に、幼馴染の母親は鬱病になってしまって、最後は家を飛び出し、隣の県か、どこかで警察に保護されたらしい。父親の方は、仕事を辞めて鬱病の妻の介護をした結果、最後には自分も鬱病を発症、通院していたそうだ。だが、それ以上の詳しいことは分からない。

 家はもうない。

 この町に、その一家がいた痕跡はない。

 何もなくなった。

 何もかも、この町から消え去ったのは幼馴染の思い出と質量である。不思議と、いなくなってこの町は良くもならなかったし、悪くもならなかった。

 おそらく。

 子供が一人殺され、二人殺され、家が一つ大きな音を立てて壊れても。

 人間という生き物が持つ関係の中に、その要素は微塵も含まれていなかったということだろう。

 僕はどこか安心する。

 それが。

 人類というものが生み出した、安全の正体だ。

 自分の足元がしっかりと踏み固められていることに安堵する。

 僕は今日の日付を当然思い出す。

 命日だ。

 幼馴染の死体が見つかった日。

 そして。

 幼馴染の命日とされている日だ。

 僕は手を合わせる。

 あの日。

 僕は思い出す。

 幼馴染。

 幼馴染の。

 幼馴染の父親が。

 登山リュックから切り刻んだ死体を取り出して、一つ一つ丁寧に地面に置き、ジャングルジムを一周する。

 そして。

 茂みの僕を見つけて。

 手を振ってきたこと。

 その帰りに、コンビニに寄ってアイスを買ってくれたこと。

 あのアイスは今もコンビニで売っていて、塩バニラ味だけはロングセラー商品として変わらずにある。他の味は直ぐに交代してしまうが。

 あの味だけは。

 なくならない。

「やあ。久しぶりだね。」

「はい、お久しぶりです。」

 僕はこうして命日になると、幼馴染の父親と、この公園に集まって話をする。

「高校はどうかな。」

「まぁまぁです。」

「まぁまぁだと、よく分からないな。あはは。」

 幼馴染の父親がどこに住んでいるのかも知らない。いつも私服のような感じで来るので、仕事をしているかどうかも分からない。

 自分が殺した息子がこれくらいの年齢になっていたら、こんな話ができたのかもしれないと、寂しがっているのかもしれない。

 惜しいことをしたと思っているのかもしれない。

「あの、聞いてもいいですか。」

「なんだい。」

「娘と息子を殺したのに、なんでその後、自分でやったことなのに鬱病とかになれたんですか。」

「鬱病ってなろうと思ってなるものじゃないからね。」

 僕は黙った。

 幼馴染の父親は鞄からナイフを何度もちらつかせてきたけれど、無視をすると茶目っ気のある顔で少し表情を歪ませて見せる。

「後悔ってなんですか。」

「一度で分かった気になるな。」

 それから数時間後、僕は家に帰って眠りについた。

 明日の朝になれば。

 ジャングルジムの周りで、幼馴染の父親のバラバラ死体が発見されるだろう。

 そして。

 僕は二十八日後に絶対死ぬ。

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