Amazon Blue
エリー.ファー
1日目 Thirty Sonny symphony
僕は、高校生だ。
そして。
三十日後に死ぬと、そう言われた。
必ず、死ぬそうだ。
僕は三十日後に、どんなことがあっても死ぬのだろうし、それは避けられるものではないそうだ。
僕の命は、今日を含めて三十日間しかない。
僕は、そんなことを考えながら放課後の高校の校舎から外を眺めていた。校庭で誰かがサッカーをしているのが見えたが、知り合いかどうかを判別することは難しかった。
あの中にいる何人かに、僕が三十日で死ぬことを伝えてみようかと思った。けれど、やめておいた。同情をされたくないとか、何か注目を集めたいだけだろう、と信用されなかったら悲しいとか、そういうことではない。
ただ、話そうとは思わなかった。
僕の父親が亡くなった時でさえ、僕は世界がさほど動かないことを知っていた。不思議なもので、誰かにとっての重大なことというのは、その誰かにとってでしかない。残念なことに、誰かというのは、そのニュースの当事者であり、そして、それ以外の誰かが誰かになることはない。
僕のように苦しでいる誰かは、この世界にはいなかったし。
いても、声をかけに来てはくれなかった。
僕は心が冷たいとか、そういうことが問題なのだと思いながら、自分を見つめたことはない。
僕は、こういう人間で。
僕は、こういう人間のまま死ぬのだと思う。
居心地の良い、ひねくれた感覚と、屁理屈を思い浮かべても口にしないだけの賢さを持ち合わせて死ぬのだと思う。
そんな。
そんなことを考えていたくせに、さっき、僕は告白をした。
女の子に告白したのだ。
同級生だった。
可愛いとは思う。
男子の人気は高かったから。
間もなく死ぬ僕は、どうせならと告白し、そして案の定ふられた。
望みがなかったわけではない。
望むことができるのだから、零ではなかった。
但し。
「冗談だよね。」
と言葉を吐かれた。
僕は。
言葉を返すことができなかった。
それは半分正解であり、半分外れていた。
僕は僕のことを理解することもできないまま、三十日間を過ごして死ぬことになっている。どんな人間で、どのような生き方のできる人間で、どのように理解しようとする人間なのか。
それさえ分からない。
僕は。
僕は少なくとも。
僕のことを知らなすぎる。
三十日間は、僕が僕を知るための時間になるのかもしれない。
「窓、閉めないの。」
女子生徒が立っていた。
「砂、入って来るよ。」
「あ、ごめんなさい。」
「ううん。別に、ここの廊下、いつも朝になると砂だらけで生徒会の人が掃除してるから、大変そうだなぁって思って。」
「警備員の人とか窓が開いてるの見ないんですかね。」
「たぶん、さぼってるんだよ。」
「なるほど、ですね。」
「そういうところをしっかりやってくれないから、いつも生徒会の人が苦労するんだよ。」
「その通りだと思います。僕も気を付けますね。階が高いといっても油断して締め忘れないようにします。」
「ありがとう。」
「ところで、何年生ですか。」
「三年。」
「僕は二年です。お名前は。」
「私は生徒会の役員なの。」
女子生徒さんは、僕のことを見つめて微笑んだ。
生徒会の役員さんは、基本的に皆、腕章をつけているのでとても見分けがつきやすい。
わざと取っているのだと思う。
そうやって抜き打ちで回っているという事なのかもしれない。
というか。
全校生徒の集まる朝会で、いつも生徒会役員の人は毎回、名乗るというのが習慣になっている。
そういうことか。
そういうことを狙っているのか。
「えぇと、二年七組の。」
「名前を憶えていなくて、すいませんでした。」
「いいの、清掃委員会委員長、呼ぶなら略して清員でいいから。そっちのほうが慣れてるし。」
さみしいような、そんな言い方だったのは、気のせいだと思うことにする。
僕は、この清員さんについて何も知らない。
同じだ、自分のことも他人のことも何一つ知らない。
「君、さっき告白してフラれてたでしょ。」
「はい、そうです。」
その瞬間。
鼻血が噴き出た。
清員の拳がめり込み、骨の削れる音がする。
僕は倒れた。
「私の彼女に手、出さないでくれるかしら。」
僕は。
僕は。
僕は初めて、女の人に告白して失恋し。
僕は初めて、女の人に殴られ。
僕は初めて、その帰り道、全く別の他校の女の子に告白され。
僕は初めて、彼女ができた。
色々ありすぎて舞い上がりはしなかったけれど、自分の人生の年表に一気に文字が詰め込まれたことを何となく意識しながら眠りについた。
そして。
僕は二十九日後に絶対死ぬ。
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